平成七年一月十七日 裂ける  時実新子

 

 阪神淡路大震災から今日で24年が経過した。私は当時、24歳。あれからちょうど倍の年齢になった。

 私は中学と高校が神戸の学校だった。だから私にとっての神戸は、震災前の神戸である。

 

 高槻市内で暮らしていたので、我が家の被害は箪笥が動いていた、食器棚の食器がかなり割れた、大型の水槽の水が全部外に出ていた、外壁や内側に微妙な亀裂が確認できる、くらいなものだった。勿論、あそこまでの「揺れ」はこの24年間経験しておらず、去年の地震でさえも24年前のものとは比較にならない。

 友達や知人は神戸方面に居住していた人が多かったから、家が潰れてしまった、何時間も歪んだ家屋に閉じ込められた、ということが耳に入るのだけれど、不思議と直接関わりのある人達は命に別状はなく、それぞれの生活は予想外に変化したとはいえ、生きている。

 生活の変化。これは過酷なことで、震災以後の出来事の方が、ずっとずっとつらい、という人は沢山いる。私と同年代の被災者である友人達は、あまり震災の話をしない。その後に起こった苦しいことも、一度口にするくらいで、いちいち何度も話さない。

だから私もわざわざ、あの頃の話をしようとは思わない。 

 

 数年前に神戸の同級生から電話があった時、(その人は神戸っ子で、よそで暮らしたことはないのだけれど)震災の後、ほとんどの同級生は東京方面へ引っ越してしまい、むこうで仕事を見つけたり、家庭を持ったりしていて神戸に戻って来ていない。という話をきいた。だから同窓会をやろうにも、少ない人数しか集められないとのこと。当然の話で、とにかく生活を立て直す必要があったのだから。

 

 みんな、散り散りの場所で今日のニュース映像を眺めていたのだろう。もう見たくないという人も、もう忘れたい人も。

 

 

                                                      2019.1.17

 

 

 

 

 

 

 

  そんな意味でポストは立っていない  岡本聡

 

 叔母から不可解な小包が届く。祖母の着物は現在、三軒の家に分散しているのだけれど、叔母が持っているうちの一枚が届けられた。「祖母の十三回忌の時にでも、色喪服として着なさい」などと書いた手紙が入っている。

 薄い紫色の小紋だから、黒の帯でも締めれば確かに使える。でも私には祖母が生前つくってくれた喪服があるし、十三回忌って今年だったっけ?先に包みを解いた母が電話で確かめると「ううん。まだ数年先。」という返事。断捨離をやっているらしい。

 本当に文字通りの有難迷惑。うちは倉庫じゃないよ・・・。もうすでに、祖母の着物も帯も、沢山ある。手入れや修繕は全部、私が過去に呉服屋さんで済ませた。正直、これ以上箪笥の中味を増やしたくない。

 叔母本人は定年退職してから、若い頃にやっていたお琴のお稽古を復活させたので、新しい着物が必要で、ちょこちょこつくっているのである。きっと、自分の箪笥が手狭になったに違いない。こっちも手狭なのは同じ。困る。

 他にも通販で買い過ぎた不思議な洋服などが「余っているから」と、送られてくる。新品だとはいえ、好みの問題がある。この小包問題は、止めなくてはいけないのだろうか。そのうち収束するのだろうか。

 

                                                       2019.1.16

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ハタチとは煙の出ない玉手箱  蟹口和枝

 

 成人式の日に外出すると、晴れ着姿の方々を目にするのが楽しみ。今日も色んな振袖姿を堪能した。流行なのか、土地柄なのかは知らないけれど、びっくりするような姿の若者はとても少なく、古典柄の着物を沢山目にした。色目は様々。近所では、家の前で家族と写真を撮っている振袖姿の女性に遭遇したりして、ゆるゆるハッピーな空気が流れていた本日。

 掲句、うまいなあとしみじみ。玉手箱ねー。本当にその通り。でもこの感慨は、実際の二十歳にはないもの。人間は生きている間に何個の玉手箱を手にするのだろうか。

 

                                                      2019.1.14

 

 

 

 

 

  妖精の役になりきる死体役 いなだ豆乃助

 

 近所の商店街から帰る道。いつもとは違う道を通ってみようと思い、まだ昼過ぎで明るいし、道に迷っても構わないと歩き出す。

いつもと違う景色。あの建物、意外と近くにあるな、とかこの道の方が近道かな、とか色々考えながら歩いていると、行き止まり。

 こういうこともあるなと気を取り直し、また戻る。別の道を行けどもまた行き止まり。よくあることよねーと前向きな気持ちで歩くけれど、どんどん疲れてきた。足が痛い。

 しんどいなあ、いつもの道にすればよかったと後悔しているといきなり地下道が出てきた。いきなりだったので、こけた。こけて、地下道の階段に落ちる。靴が脱げ、手提げバッグが飛び、リュックが外れる。近くにいた人たちに助けてもらいながら、何とか靴をはきなおし、地上に上がり、「早く家に帰りたい・・・。」とうなだれる。

 そして、手荷物を持っていないことに気付き、慌てて地下へ降りるとなかなか見つからず、どんどん下へ降りて行く。何故か和室の部屋がいくつもあって、人がひっそり、何人か、いる。かなり気味悪い。ので、困る。財布もスマホも鍵も荷物の中だから、どうにか探さねばならず、焦る。

 というのが目覚ましを止めて二度寝した今朝の夢。早く起きろってことね、きっと。

 

                                                       2019.1.14

 

 

 

 

 

  糸で身をささえる糸に身をまかす  大川博幸

 

 ちょっと調子に乗って暴飲暴食を連日。きっちり胃の具合が悪くなり、肌が荒れ、反省して今日はあまり食べずに無理もせず。

幼少期は食が細かったけれど、10代から30代まではとても沢山食べることができた。まるでブラックホールのようにどんどん消化してゆく胃。運動不足だったのか、ちっとも背は伸びなかったけれど。

 

 食べる量や食事を摂るタイミングは個人差がある。私は会社勤めをしていなければ、一日二食でいい。休日に外出しない場合、ほぼ二食+少量のおやつ。世の中には一日一食の人もいるようで、どんな食事の摂り方でも体に合っていれば問題ないらしい。

 

 たまたま私は自分のペースで体内リズムを保てる環境にはいないけれど、完全にフリーになった時、どれだけの食料と睡眠時間が必要なのかは興味がある。

 

                                                      2019.1.13

 

 

 

 

  ピーマンのなかで夢見ていたんだね  中嶋ひろむ

 

 母の自転車には前カゴと後ろカゴが付いている。自転車を大切に扱うひとなので、カバーはしっかりかけてある。サドルから後ろは傷みやすいから、と言って二重にカバーしてある。

 出掛ける際に玄関を出てふと右手の自転車に目をやれば、後ろカゴに巨大な黒猫がすっぽりおさまっていた。目が合う。

何だ、うまい具合に後ろカゴに陽だまりが出来ているのだなあと気付く。「そんなとこで寝てたん。」と話しかけながら近づくと、こちらが恥ずかしくなる程の慌てようで、「寝てていいねんで。」と言ったものの猫に通じるわけもなく、大きくジャンプしてお向かいの家のガレージへ逃げて行ってしまう。

 

 羨ましい。私も陽だまりを見つけては潜り込むことにしよう。

 

                                                      2019.1.12

 

 

 

 

 

 

 

 

  はじまりは冬がいいんだ野生の目  樹萄らき

 

 花粉症。症状の緩和の為、ここ数年は年始めに鼻のレーザー治療を受けている。予約がなかなか取れず、やっと受診。

先生は年々腕を上げていて、今年は焼き焼きの作業もスムーズで、出血も少ない。麻酔が切れた後の痛みは毎度のこととして。

 老人になれば全身が鈍感になるから、花粉症もましになるらしい。という噂は本当なのだろうか。まだ「老人です。」とは名乗れないけれど、心はすでにかなり鈍感になったなと思う。体はどうだろうか。多分、あらゆる異変に対して敏感だ。神経質ではなくなったけれど。

 

 近所の木々には花の蕾が膨らんできつつある。むずむずの季節が近づいている。

 

                                                      2019.1.11

 

 

 

 

 

  謎は謎として焼きそばができた  峯 裕見子

 

 直属の上司のそのまた上司のうちのお一人が、お菓子の入った小袋を皆に配ってくれた。仕事上関わりの少ない方だから、

珍しいこともあるものだと思う。しかも袋には「おめでとう」と印刷されたシールが貼ってあり、中味は駄菓子の詰め合わせ。

昔、地蔵盆で子供に配られたお菓子セットみたいな。

 何があったのだろうか・・?お正月のお菓子があり余ったにしては、駄菓子だし。新年の挨拶にしては、こんなことされるの初めてだし。謎だわーと思いながら家に持ち帰る。

 

 お久しぶりなお菓子の数々。私が幼少期に食べていたお菓子は大体がロングセラー商品となっている。中でも、ベビースターラーメンは親が「食べちゃ駄目」と叱るので、意地になって食べていたから懐かしくて早速いただく。すると、驚いた。ちっとも美味しくなかったから。味覚が変わったということか?とにかく、おやつとしてはつらい。

 

 他のお菓子にも、同様の感想を抱いて何だか残念な気分。味覚の変化はただの変化ではなく、受容できる味の広がりだと考えていたのはどうやら違うらしい。ただ変わった、ということ。

 

                                                      2019.1.10

 

 

 

 

 

 

  赤い糸切れて星まで会いにゆく  池上とき子

 

 お正月に叔父の家を訪ねると、生後8か月の猫が居間にいた。捨て猫を保護して、貰い手を探しているうちに8か月経ってしまったとのこと。その家にはすでに4匹の猫がいるから、これ以上飼い猫を増やす気がなかったので、他の猫と隔離するために1階の居間で育てたらしいのだけれど、(他の猫は2階や、姪の部屋にいる)一匹だけで甘やかして育ててしまったから、我儘な性格になってしまったとのこと。結局、貰い手が見つからないのでその家の猫になってしまうのだろう。確かにかなりの暴れん坊で、気ままな猫だった。母は小さな動物と遊ぶのが久々で嬉しかったらしく、一瞬「家に連れて帰ろうか」と思ったらしい。私も猫と遊ぶのは久しぶりで楽しかった。でも。

 

 「あなたが犬を抱いて来て、‘‘これからこの犬を飼うことにします‘‘って発表する夢を見たよ。」と、会社の同僚が言う。一体どんな犬を抱いていたのか問うと、「シュナウザーだった。」とのこと。シュナウザーは仔犬でも、おじいさんみたいだと思う。今後、犬を飼う予定はないのだけれど。

 

 私は、亡くなった犬に会いたい。

 

                                                      2019.1.10

 

 

 

 

 

  暦減るウサギのなまえ忘れつつ  川合大祐

 

 年が明けて8日目。昨日は七草粥を食し、気分はもう「お正月が終わった」感じ。昨年末から忙しくなり、あまりお正月らしく過ごせず、一度でいいから寝正月というのをやってみたいと願う。老人になったら毎日、好きなだけ寝ているのかもしれないけれど。

私は基本的にぐうたらものだから、何でも適当でいいと思う。大概の事が面倒臭い。学校の勉強もいい加減で、卒業したらたちまち覚えたことを忘れた。物事を、思いっきり忘れることが出来る。だから心の病にならないのだろう。なのに。

 

 うっかり、今年は試験というものをいくつか受けることになってしまった。上手くいくかどうかはわからないし、失敗しても大丈夫なのだけれど、試験勉強はやっておかなければ不安だ。で、年末から久しぶりに試験勉強をしている。何もかも忘却しているから、思い出すのに時間がかかる。「ああ、これ、昔やった覚えがある・・・。」といちいち驚愕しつつ、テキストを進める。

 

 今日の昼休みの社員食堂では、Queenのライブ音源ががんがんにかかっており、観客の歓声が大きくて最初、野球中継かと思う。しかも同僚との話題が何故かマイケル・ジャクソンで、まるで高校生に戻ってしまったかのような。そして化粧室で歯磨きをしていると、以前、一緒に仕事をしていた人から「おめでとう!」と声を掛けられた。一体、私に何のめでたいことがある?そしてどうして人は、歯磨き中の人間に話しかける?(よく、歯磨き中に話しかけられる)  なんのことはない。新年の挨拶をして下さっただけだった。関西は15日までが松の内。注連縄もまだ外さない。

 

 一体、自分はいつからこんなにせわしない人間になり下がってしまったのだろうか。せわしない。

 

                                                     2019.1.8