秋の夜長のシルヴィアン。

秋の夜長の漆黒。

 

青木千絵「漆黒の身体」展。

 

作品に触れます。

秋の夜長の稲垣足穂。

 

もっと沢山、本を持っていたけれど人に貸したきり戻ってこなかったりして減って

しまった。

秋の夜長のキャロル・キング。

秋の夜長のモリッシー。

祖母の妹にあたる人が亡くなった。91歳の誕生日の1か月後の大往生。

丈夫な人で、病院での寝たきり期間は1年で済んだそうだ。

 

この人の思い出は、「目の前で入れ歯を外して追っかけてくる怖いおばさん」

くらいしかない。祖母は美しい女の人だったけれど、このおばさんは美しく

なかった。口も悪かった。祖母に対するコンプレックスか何だか知らないが、

一方的に祖母とは仲が悪い、らしかった。ので自然、疎遠な関係。

 

葬儀の準備も抜かりなく元気な時にしていたそうで、持ち物の整理も出来ていて、家族は随分助かったとのこと。おばさんが自分で整理したという遺品のアルバムを見せていただくと、意外にも私の子供の頃の写真が数枚、残されていた。私には何の興味も情も無い人だろうと思っていたのに。親族の資料として置いておいたのだろうか。もっと予想外だったのは、あんなに嫌っていたはずの祖母と、ツーショットの写真が2枚あったこと。

二人共、大分老いてからの写真で、おばさんは嫌そうな顔をして映っているのに、手だけはぎゅっと姉の手を握っているのだった。

 

その家の人達は、かなり長い間疎遠になっていたにもかかわらず、私の顔も名前もはっきり覚えてくれていた。私の方はと言えば、全く顔も名前も忘れてしまっており、誰が誰やらわからなかった。

 

某雑誌の記事によると、今年の日本は「おばあさん大国元年」なのだそうだ。近い将来、女性の平均寿命は90歳になる予想で、

5人に1人は90歳を超える長寿とか。全然嬉しくない。

 

 

                                                2017.9.16

 

 

 

                                               

 

 

父方の祖父は大阪の人で祖母は丹波の人。 母方の祖母は大阪の人で祖父は岩手の人。 どうして岩手の人が突然現れるのかと

いうと、祖父の一家は岩手から北海道へ渡り、その地で祖父は結核になった。長生きできないだろうということで仏門に入り、

日蓮宗の総本山のある山梨へ行き、そこで僧侶になった。 大阪で暮らしていた祖母の叔母が同じ宗派の尼僧であり、養子を

探していた。戦時中なので若い男の人が見つからず、かなり年の差があったけれども祖母との縁組が成立。結婚させた二人に

大阪の寺を任せるはずが色々あって、祖父は山梨の山奥の村のお寺の僧侶と村の小学校の教員を兼任することになり、私の母は山梨で生まれ育った。

 

終戦間際に戦地へ赴いたもののすぐに帰国することができたのは幸いだったけれど、大阪の叔母が亡くなり、大阪の寺の仕事を

するべく引っ越し準備をしている時に脳溢血で亡くなってしまった。だからお墓は山梨の村の、歴代のお寺の住職が眠る区画に

ある。 結核で早死にするはずが、故郷から遠く離れた土地で家族を得て、52歳で別の原因で亡くなるのだから人生は不思議。

 

11年ぶりの墓参。11年前はまだ村人が何人もいて、知り合いもいたけれど今は2軒のみ。地元のタクシー運転手さんは11年前も

今回も道に迷った。私にはちんぷんかんぷんな山中でも、母にははっきり道がわかっていて、運転手さんと私には道に見えない道

が、道なのだった。

 

 

京都は祇園甲部歌舞練場内の八坂倶楽部がフォーエバー現代美術館としてプレオープン中。草間彌生のコレクション展示で80余点。

以前、都をどりのチケットをいただいたことがあり、この場所を訪れるのはそれ以来で久しぶり。

 

コレクションの内容はなかなか良くて、期待以上に楽しめた。抒情的な作品もけっこうあって、1990年代後半の作品群が特に印象的だった。草間彌生の「南瓜」に私自身がちょっと飽きてきた、のかもしれないけれど他のモチーフの作品に心惹かれる。雑草や、葡萄、お花に蝶々。作家の故郷の信濃の風景を描いたものが1点あり、その愛らしさに意表を突かれた。兎にも角にもパワー溢れる作品群で、気分良く一巡り。

 

長年活動していても、クローズアップされるのはやはり代表作と言われる作品群となるし、草間彌生の展覧会は以前にも規模の大きいものに出掛けたことがあるけれど、そういった展覧会から漏れている素敵な作品がまだまだ沢山あるということが窺い知れる本日の展覧会。

 

ミュージアムショップで販売されている商品に特に目新しいものはなく相変わらず南瓜の商品はよく売れるみたいだなあと思った。

ミュージアムカフェは「NORTHSHORE」が営業していて、ランチセットはお得かつ美味なるも、デザートだけは「?」な内容。食材の組み合わせ、斬新過ぎやしないか?

 

                                          2017.8.22

 

 

金曜日の夜。

 

やっと明日から夏休み。お盆休みの出勤は毎年忙しい。私には「どうしてもこの時期に休まねばならない」という理由がないので

大抵、多くの人が休む期間に働くことになる。

 

数年前に同僚が癌でお盆頃に亡くなった。今年も一年前に病で退職した方が、数日前に亡くなった。職場というのは通常、ふらふらの状態の人は少ないし、元気な姿ばかりを目にするので、何てあっけないのだろうかといつも信じられない気持ちになる。

特に親しい人ではなくとも、同じ会社の人が行方不明になったり、山で遭難してそのまま見つからなかったり、若い人が突然亡くなったり、すると、人はいつかは死ぬものだとわかってはいても、毎回、不思議で仕方がなくなる。そんなに不思議がらなくても、

そのうち自分もこの世から消えるのだけれども。

 

                                                2017.8.18

 

『六本木歌舞伎 座頭市』を観劇するのでフェスティバルホールへ。

満員で、客層も様々。幕間には端役、脇役の役者さん達がロビーへ繰り出し写真撮影に応じたり、うろうろ歩いてくれたり。

アドリブが多い芝居でかなり盛り上がる。カーテンコールは何回したかわからないくらい。脚本がリリー・フランキーで演出が三池崇史なので「らしい」内容。目力の強い市川海老蔵に座頭市の役をやらせる、というのは趣向。(勝新太郎の場合もそうだけど)

寺島しのぶは頑張っていた。(こういう言われ方は役者さんはどう思うかわからないけど)周りの人々も「頑張ってたな」と話し合っていた。

 

折角だからコンラッドの40階でお茶でもしよう、ということでお向かいの建物へ移動。残念ながら満席で、一時間待ちだったので

またの機会に。景気が良いのは結構なこと。  見晴らしがいい。今日はお天気だったので明石海峡大橋が見えた。大阪の川が海へ流れ込んでゆく景色は気持ちがよい。 コンラッドには現代美術作家の作品が多いらしく、名和晃平の風神雷神をモチーフにした作品が特に目立つ。この方の作品を初めて目にしたのは「愛・地球博」の会場で、だったと記憶している。あの時の目当てはマンモスだった。冷凍マンモスの事を考えると自分という存在は塵芥以下のような気分になるけれど、いい芝居といい景色を見たので、また明日から頑張って生きてゆこう。

                                             2017.8.13

柿衛文庫「あやしの俳諧」

 

蕪村の俳画はいつ見ても笑える。今回の展示テーマは季節らしく妖怪とか幽霊とか。暗闇が漆黒だった時代の人々の想像力と妄想力に和む。

 

伊丹市立美術館「鬩」(せめぐ)

 

O JUN ✖ 棚田 康司 の二人展。予備知識を仕入れないで出掛けたので

まさか作家が現地で作品を制作しているとは知らず。作品の材料であるヒノキの木屑を持ち帰り自由にして下さっていたので、いただく。地下会場がヒノキの佳い香りで満たされており、木を彫る音が印象的。

今回ほど、一騎打ち度数の高い二人展というのは初めて。しかも絵画と彫刻と、ジャンルが違う同士なのでとても刺激的。

 

                                            2017.8.12

家人が留守で久しぶりに夕刻の犬の散歩。 会社から帰宅し、慌てて犬を外に連れ出そうと玄関を出ると塀の外から隣家の猫の

クロエちゃんの襲撃に遭う。門扉から外に出られず、犬と猫と人間で騒いでいると近所のおばさんがやって来た。

「何の騒ぎ?」と問われ、「散歩に行きたいんですけど、行けないんです。」と訴えるとすぐに猫の様子に気付き、猫を追っ払ってくれた。その隙にそそくさと往来へ出る。そそくさ。

 

大の大人が玄関先で犬と一緒にうずくまって、猫に負けているの図。  は、は、はずかしい・・・・。

 

暑いし、お腹すくし、情けないし、しばらく寝る。

 

                                              2017.8.9

 

棚機月 雑詠

 

  

 

  遡上して酸素が薄いのに慣れる

 

 

  頭蓋骨の鍵持つ人の微笑み

 

 

  間違った背骨腰骨溶鉱炉

 

 

  振り込みを済ませた雨と稲光

 

 

  貫入が広がってゆく水の玉

 

 

  柔らかいタオルの上のお中元

 

 

  上滑る体ばかりの海の家

 

 

  神剣を温めている羽根布団

 

 

  衝立の向こうの剥き身発光す

 

 

  共犯の言い訳燃やす本能寺

 

 

  獣臭深い四角い可動式

 

 

  泣くための炭酸水とアパホテル

 

 

  手の平の鯛焼き雨を呼んでいる

 

 

  ゴミ箱で半透明を強いられる

 

 

  迷惑の形で焼いてあるお菓子

 

 

  がたがたのまんまで傍にいてほしい

 

 

  お薬を飲ませる遊び始まりぬ

 

 

  灰色が追いついて来る靴の穴

 

 

  水分が溢れてしまう嵌め殺し

 

 

  テーマソングが流れている地下鉄

 

 

  盗品を抱いてる腕がただあつい

 

 

  お決まりの形容詞に着色料

 

 

  冷凍のガラスケースの自己規制

 

 

  不可能を孕んだままの金平糖

 

 

  月光の隙間ふるえるレシート

 

 

  愛すれば屏風が増える一戸建て

 

 

  白線の外側までが遅い肉

 

 

  甘過ぎるケーキで責める方法も

 

 

  優しさは日傘程度のものだけど

 

 

  物差しがぐにゃり暑いからといって

 

 

  甘えても奪わないひと横に居る

 

 

  金粉ならふりかけてしまえばいい

 

 

                                                                       2017.7.31

 

 

 

おのぼりさんをする。

 

私は高い所が好き。東京タワーに行ったことはないけれど、東京スカイツリーには行ってみた。朝いちばんに出掛けたので空いている。最上階から見ると、雲と目線が同じくらい。横にいたおじさんが「富士山が見えるね。」と言ってかなりうっすらとしか見えない富士山を教えてくれる。神奈川から来たのだそうだ。「映るかどうか、難しいねー。」とつぶやくおじさんと一緒に富士山を撮影してみる。

 

あまりにも高い場所にいると感覚が狂うのか、東京は狭い街に見えた。建物がぎゅうぎゅうに建て込んでいるせいかもしれない。

 

すぐ下にある、すみだ水族館へ。「お江戸」な感じ。最近は小ぶりな水族館が関西でも

次々開業しているけれど、それぞれ特色があって面白い。ここはペンギンの見せ方がとてもうまい。ペンギンの群れがハイスピードで泳ぐのを飽きず眺める。

 

 

東京のお土産のお菓子、というのはしょっちゅう色んなものをいただくので、あまりお目にかかったことのないお菓子を買いたいなと思い、大丸で探すことにした。ついでにお昼御飯も購入。こちらも関西では売っていないものがいい、という目線で物色。

新幹線の中で食す。小さな丸いお重が二段。売り場のおばさんの「美味しいですよ!」の言葉につられる。ほんまかいな。

何故に卵焼きはあ、あまいのであろうか。お漬物もあ、あ、あまい。なのに牛肉は至極あっさりとした味付け。牛蒡も素材の味を損なわない、いい感じに苦味が残る味付け。高野豆腐の調理の仕方もなんか違うらしい。 こういう土地柄の違いを食べ物で実感する時間が、実は大好きなのだ。ちなみにあんぱんと鰻は東京のものが好み。

 

                                            2017.7.23

 

小津夜景さんの句集『フラワーズ・カンフー』の中で一番好きなのは

「フラワーズ・カンフー」の連作で、これは最初に読んだ時から変わらない。

 

けれどこの句集は読み返すたびに気に入る章が変化する。その時々の自分の

気分や体調にもよるのだと思う。

 

7/22の気分では、「ジョイフル・ノイズ」のページが最もしっくりくる感じ

だったのでそのことを小津夜景さんに言おうと思っていたのに忘れていた。

 

ゆけむりの人らと少しかにばりぬ   小津 夜景

 

 

渋谷に展示されている岡本太郎の壁画は発見された後、日本のどこに設置するかが話題になった。どういう経緯で東京に決まったのかは忘れてしまったけれど、この壁画は地域の人々に愛されているのだろうか。何十年か経った後も大事にされているのだろうか。

近くで見ると、相当痛みが激しい。これ以上の修復は難しいのかもしれない。岡本太郎の作品って結構傷だらけの人生。

 

 

 

長谷川町子美術館で、「サザエさん」の四コマ漫画の原画を見る。

 

修正の多さに驚く。こんな作業を何年間も、毎日するなんて作業の質を考えただけで胃が痛くなりそう。実際、長谷川町子は胃に穴をあけている。

 

絵の上手さに驚愕する。嘘みたいに素晴らしい線を描いている。小さな美術館だけれども、満足するまで見つめるのにはかなり時間が必要。

 

「サザエさん」の四コマ漫画の原画が欲しいな。

 

小津夜景さんが第八回田中裕明賞を受賞されて、お祝いの会に出席した。

私は俳人ではないから、ほとんど面識のない人達ばかりの集まりではあるものの、どんな感じなのか見学するような気持ちで出掛けたのだった。

ちなみに小津夜景さんとも、この日初めてお会いした。ご挨拶をして、お祝いを述べれば後はのんびりワインでも飲んでいればいいはずだったのが、何故かスピーチをせねばならず、あまりにも不意打ちだったので動揺し、結局ろくなスピーチはできなかったけれど、世の中甘くないなあとくらくらしていたところをイラストレーターのしおたまこさんに救われたのだった。

「しおた まこ」さん。「しお たまこ」さんではありません。

 

しおたまこさんは小津夜景さんの句集『フラワーズ・カンフー』の装画を手掛けておられる方で、お仕事のことを根掘り葉掘り伺うと、とても丁寧に教えて下さった。私は漫画家さんとか、イラストレーターさんとか、が子供の頃の憧れの職業だったのでそういう仕事で食べてゆける人を尊敬している。おまけにしおたさんは、とてもいい人だった。

 

         

                                         2017.7.22

 

「まだ知らない」ことは楽しい。

 

新しい土地は面白い。市役所で貰った市政に関わることが網羅されている冊子には、色んな情報が掲載されている。

駅近くには商店街が複数存在するらしく、川原町商店街も紹介されていた。どうやら飲食店が多い地域らしい。

 

どんな感じの商店街なのか昼間に行ってみる。と、ほぼお休み。そして、人通りが少ない。よくよく見ると、スナック、ガールズバー、クラブ、などが多い。空気も建物も、めっちゃ昭和。そっかー、夜のまちだったのかー。と納得。食事ができる店の種類は色々で、イタリアン、焼肉、焼き鳥、串焼き、鰻、和食、中華、韓国料理、フランス料理、などなど。商店街の出入り口には、地元出身の絵本作家さんの手による作品が使われていたり、ちょっとしたつぶやきが電信柱にあったりして狭い区域ながらも楽しめた。

 

日が暮れてからどれだけまちの表情が変化するのか私には想像できないけれど、営業時間帯に歩いてみたいと思った。勿論、御飯も食べたい。勝手な憶測をすればおそらく昔は歓楽街で赤線地帯だったのではないかという感じ。

 

ところで私の人生交差点って、どこだったんだろう?

 

                                            2017.7.17

『川柳 北田辺』の句会報が届く。

 

ここは席題の嵐なので、句を作っても全部メモすることが出来ない。ほぼ、後でいただく冊子で自分の句を確認することになる。

本当にこんな句を書いてしまったのか?いやでも、記憶にちゃんと残っているような気がする。とか、後からがっくりすることも多い。

推敲する間もなく句せんに直接書いて出すと、こんなもんなのだろうとは思うものの、我ながら情けなくなる。でも多分、こういう反省はした方がいいのだろうし、思考回路の平凡さに直面することも必要かもしれない。マゾ体質ではないので面倒ではあるけれど。

 

ビー玉が自由になった後の瓶

美しいままで空砲磨かれる

道草のお好み焼きは二つ折り

だけどには天使が付いている木陰

食パンとしては長生きしたいです

                 食パンとマルコの旅は一日目

                 早起きのはじっこにある卵味

                 発酵はすすんでますか深い井戸

                 福助のままで死んでいった猫

                 お腹だけピンクのままのおばあさん

                 泥まみれ沈んだままの青い鳥

                 水玉の何も言えない粒の顔          竹井 紫乙

 

 

句にはなっているものの、詰めが甘い。自分にとって使いやすい言葉ばかりを使用している。好みのイメージとその傾向、というのは個性と言ってもよいのかもしれないけれど、結局自分が飽きてきてしまう。或いはマンネリズムを追及してその先に何があるのか見てみようかな、などなど。色々考えさせられてしまった自らの句群。題詠はこういうつまづきが顕著になるので難しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家から徒歩圏内に、府営の広大な公園がある。引っ越ししてからその存在を知ったので、長らく大阪府民であるというのに初めて足を踏み入れたのだった。

あまりにも広い。歩けども歩けども公園の中。公園というよりも森というほうが相応しい。気温は当然下界よりも低い。風通りが良く、何かの植物の綿毛が沢山飛んでいた。一日で公園を一巡りするのは断念。ジョギングする人、散歩する人、釣りをする人、犬の散歩をする人、テントを張ってごろごろする人、飲み食いする物を持参して広げている人、虫捕りをする人、ヨガをする人、などなど。色んな虫や鳥の声が聞こえるも、無知な為さっぱり種類がわからない。こういう空間で数時間過ごすと頭の中が爽快になる。

隣家のクロエちゃん。

 

朝は数時間、我が家の塀の外側で監視活動。名前を呼んでみると「ニャー」と答える。友好的関係が築けるかもしれない、と淡い期待を抱く。

昼間は最近引っ越しされて来た、新しい住人のお宅を見つめ続けている。

夕方は斜め向かいの家の駐車場で、車の上から通行人をパトロール。

 

                          2017.7.15

 

 

 

 

 

 

檸檬の苗。母が買ってきた。前の家のご近所さんがうまく育てて実をならせていたので、以前から育ててみたかったのだそうだ。

 

私は3年前に種からアーモンドを育てている。とは言っても何にもしていないのだけれど、適当に水遣りをして、そこそこ大きくなってきた。今年は春に鉢替をしなければならなかったのに、うっかり忘れていた。蟻だらけ。

 

川柳の世界は目上の方が多いので、ぽろぽろ、先輩方が亡くなってゆく。

生き物だから当然のことであって、それは仕方のない現象ではあるけれど

時々、亡くなった人のことを思い出すし、会いたくなる。普通に。

勝手なものだなあと我ながら思う。自分は目下の者だから、基本的にお世話に

なるばかりで、おそらくそれはそれでいいのだろうし、「ご恩返し」なんて考えるのもおこがましい。それでも。

何だか申し訳なかったような気になるのはどうしてなのだろう。自分勝手なつきあい方ばかりしてきたせいかもしれない。

 

山河舞句さんが亡くなられたことは、『川柳 杜人』254号で知った。『川柳大学』の句会で遠くから拝見したことはある、という程の関わりで、お話ししたことはなかった。お仕事柄、声がとても素晴らしい方で、今でもはっきりそのお声を覚えている。

 

 少年兵草に生まれて草に死す      山河 舞句

 五百羅漢の後ろの五百ほどの闇       〃

 

 ひとはみな悲しい 歌をうたってる   木村 正夫

 百人に聞いて私は外される         〃

 

 ありがとうと言ったらさようならになる 久保田 紺

 別人になってトカゲは立ち上がる      〃

 

 叱られて明日の遊びを書く日記     佐藤 憲治

 口並ぶ腹の底まで見せられる        〃

 

声、というのは意外と記憶に残るものらしい。木村正夫さんの声も、久保田紺さんの声も、佐藤憲治さんの声も、よく思い出すことができる。特に紺さんは句会でよく句が抜ける人だったから、呼名の時の「こん」という声がちょっと嬉しそうな感じで、柔らかい響きで、忘れられない。佐藤憲治さんは娘さんといつも一緒に句会に参加されていた。病を得てから本当にあっという間に亡くなってしまわれた。だから柳歴は短い方だったけれど、亡くなった方たちの中で一番よく思い出すのが憲治さん。今でも会って、話がしたい。

 

紺さんも憲治さんも、最後まで生きることを諦めなかった人達。でも、「最後」に対する考え方は少し違っていた。

紺さんは憲治さんの葬儀に来なかったし、「娘さんに会わせる顔がない」と言っていた。そして自分が死んでしまった時には、久保田紺として知り合った人たちにはもう、自分には近寄らせない形で消えてしまった。

憲治さんがホスピスに入った時、ご家族の配慮でお見舞いに伺うことができた。ずいぶん長い時間、お話しをした。

どちらの態度も、その人らしいものだったなと思う。

 

抜粋した句は全て2006年の第13回川柳大学全国大会で出句されたもの。雑詠、席題を含めて全部で13題。出席者が192名で各2句出し

なので1題384句。そこから時実新子選の雑詠は21句、その他は41句の入選数。最適な数だった。

 

 

                                              2017.7.8

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家から一番近い神社へお参りした。猫が入り口でお出迎え。誰もいなかったけれど、掃除と手入れの行き届いた神社だった。

 

ちょっとずつ色んな道を覚えて、あちらこちらのお店に買い物に行ってみて、毎日近所にいっぱい咲いている紫陽花を愛でる。

家の中の整理整頓は日々少しずつ。頭の中の整理整頓はまだ後回し。

 

                                                 2017.6.18

普通に用事があって、土曜日にスーツを着て出掛ける。とてもいい天気で、休日モードの街にスーツを着て出歩くというのはあまり

嬉しい気分ではないけれど、昼過ぎに用事が済んだので国立国際美術館へ。

 

『ライアン・ガンダー展 -この翼は飛ぶためのものではない-』同時開催で、この美術館の所蔵作品をガンダーが企画展示する試みの『かつてない素晴らしい物語』。

 

展示作品は写真撮影可能、であるにもかかわらず、図録が完売していた。これは凄いことだと思う。入館するとすぐに学芸員の方の

講演が始まって、何となく聴いてみる。が、作品を見る前にあまり裏話などを耳にするのもなんかつまらないなあと、途中で聴くのを止めて展示室へ。展示方法は随分凝っていて、作品の見せ方自体が作品となっている。面白がって楽し気に笑いながら見て回っている人もいれば、真剣な顔つきで見つめている人もいれば、反応は様々。観客の年齢層もかなり幅広い。けれどスーツ着用者は何故か私だけで、勝手に学校の先生になったような錯覚を覚える。それはさておき、同時開催の展示も含めてとても素晴らしい展覧会だった。頭の中が解放されつつも、それだけで終わらず、作家が提示するボーダーレスの意味が後を引く。

 

帰りは京阪電鉄・渡辺橋駅から電車に乗った。駅構内に色んな作品が展示されている。幼稚園児や高校生の作品もある。今井杏奈という作家の作品が特に目を引いた。あとで知ったけれど京阪電車の中之島線各駅で作品展示を行っていたのだった。全部見て回ればよかった。

 

                                           2017.6.17

 

前の家から車で30分くらいの場所に引っ越しをした。 紫陽花の季節なので、沢山の種類の紫陽花を通勤途中あちらこちらの家々で

目にする。駅に行く途中の道は見晴らしがよく、去って来た街が真向かいに見渡せる。

 

食器と母の持ち物が結局片付かなかった。去年の12月から片付けに取り掛かっていたのに。

引っ越しの前日の夜中に突然、母が食器棚を一つ、テレビ台を一つ、捨てていくと言った。遂に決心してくれたのは有り難いけれど中味の食器はすでに梱包済。引っ越しは朝の八時半からだったので、もう間に合わないということで転居先に運んでもらった。

当然、食器が片付かない。さんざん揉めて、やっと今晩段ボール三箱分の処分すべき食器の選別が終わった。くらくら。

 

お別れ、というのが上手にできない。引っ越し当日の、荷物を運び出している真っ最中にお隣のおばさんがやって来た。

私にお別れの挨拶をするために。母が前日に近所の挨拶回りをしていたけれど、私は付いて行かなかったのだった。

両隣のご家族にはとてもよくしていただいた。泣くに決まっているから、きちんと挨拶するのが嫌だったのだ。

「こんな時に迷惑だと思ったけど。でも顔が見たかったから。」とおばさんは言った。やっぱり泣いた。

 

おばさんの迷惑やお節介は、時々、深い愛である。

 

                                        2017.6.12

 

『安福望✖柳本々々 会話辞典 きょうごめん行けないんだ』

 

まだ最後まで読めていないけれど。辞典なので、どこから読んでも構わないわけで、本自体が軽いので持ち運びが楽で、うまく出来上がっているなあとまず、物体そのものに感心したのだった。

 

詩と愛と光と風と暴力ときょうごめん行けないんだの世界     柳本々々

 

本のタイトルは々々さんの短歌から。

 

誰に対して「ごめん」なのかと言えば、世界全方位に向って謝っているようにも

読めるけれども結局は自分に対しての「ごめん」なのだな、と思う。

自分に置き換えて考えてみれば、私は私にあやまらなくてはいけないことが

沢山ありすぎて、だから過ぎたことを振り返るのはとても苦手なわけだけど、

この会話辞典には過去と未来が混在していて、そこがいいところ。

 

安福さんの絵は線がドライなので、静けさが素敵。

 

                         2017.5.31

 

 

 

現実逃避中。

 

 

カルピスに沈み瞑想しておれば赤白帽の手足絡まる

 

 

様々の鳥の鳴き声聴きながらいけないものを転がす六時

 

 

桃缶の匂いをさせてやって来るぼうぼうのヒゲ光るシロップ

 

 

お互いの体温だけでのさばりぬ春の布団のお葬式かな        竹井 紫乙

 

                                          2017.5.30

 

 

 

私には、二冊の句集がある。『ひよこ』と『白百合亭日常』。その両方の、手元の

在庫が0になった。現在、取り扱いがあるのは以前と変わらず「あざみエージェント」でのネット販売、「葉ね文庫」「居留守文庫」での店頭販売。

 

『ひよこ』よりも『白百合亭日常』の方が刷った数が少なかったので、なくなるのが早いのは当然としても、やはり両方の相乗効果なのだろう、早かった。

 

自分にとっては丁寧に制作した大切な本でも、川柳の句集というのはそうそう売れるものではない。『ひよこ』を作った時に、時実新子のパートナーであった曽我六郎さんに「君のような無名で、川柳の交際の狭い人はかなり在庫でしんどい思いを

することになるよ。誰も買ってくれないから。」と言われていた。

 

そんなものなのだな、と思った。その時の私はただ、時実新子の選による句集を作るということに執着しており、時実新子からも「売りなさい。ばらまきはいけない。」と言われ、この両名の言葉がどういう意味を持つのかまでは考えていなかった。呑気。

 

二冊目の構想は、一冊目を作って数年後にはぼんやりと出来上がっていたけれど、実際に着手するには10年程かかってしまった。

 

「葉ね文庫」に両方の本を置いてもらえることになった時、手に取って、中味を確認したうえで誰かに買ってもらえるんだと思うと

とても嬉しくて、そしてあわよくば二冊共読んでもらいたい、という願望から『ひよこ』は¥1000で販売していただいた。定価は¥2000。これはそもそも私が決めた価格ではなかったから、こだわりはなかったのだけれど、もう残り僅かになってしまったので

最後は定価に戻すことにした。残り物には福があるとかいうし、本当に欲しいと思って大事に読んでくれる人のところへ届けばいいなと願っている。

 

                                              2017.5.7

 

 

 

 

 

 

録画してあった番組を見る。教育テレビ「こころの時代」の今回のテーマは宮沢賢治。吉増剛造が岩手まで取材へ赴く。

詩人が詩人を読み解く旅をする、という内容。吉増剛造が特に宮沢賢治の研究をしているわけでもなく、むしろあまり今まで特別な

興味を抱いていなかったというところがポイント。

 

私は20年ほど前に、たまたま知人の手伝いで詩のイベント会場に居た。京都の小さなギャラリーで、今振り返ればなかなかの豪華

メンバーだったように思う。イベントのラストが吉増剛造の朗読だった。その頃、詩人は50代だったはずなのだけれども、相当に

浮世離れしており、(見た目は一見普通のおじさん)妖精のおじいさんに見えた。羽は付いていないけれど、なんだか風船みたいに

どこかへ飛んで行ってしまいそうに思えたのだった。勿論、メディアにもちょこちょこ登場する方だったから、名前も顔も既知では

あった。朗読していた詩は、当時の私でも読んだことのある、有名な代表作だったはずで、新作ではなかった。何というか、その頃若者だった私には、人間に見えない詩人という名の生物を初めて認識した、忘れられないひと時であった。

けれど番組中、真摯に宮沢賢治の詩に向かい合う吉増剛造は人間に見えた(当たり前ではあるけれど)。詩の読み解き方も、とても

面白い。

 

没後90年近く経っても、色んな人が様々な資料を調べ続け、研究し、書かれた作品の解釈が変化してゆくというのは、それだけの厚みがある、ということではあるものの、作者の生い立ちから人間関係、関わった人達の消息まで、あらゆる角度から調査して発表する行為は作者への敬意が少しでも欠けていれば、その関係者に害をもたらしかねない行為でもある。

 

本当のこと、というのは所詮当事者にしかわかり得ないし、心の中のことなど尚更で、それでも詩や短詩というジャンルにはどうしても完全な虚構はあり得ないのかもしれないと改めて思う。そうして私は吉増剛造が朗読した宮沢賢治の「わたくしどもは」を聴いて、号泣してしまったのだった。もし、何の解説も無しにこの詩を本で読んだらどうだっただろうか。こんなに泣いてしまっただろうか。まさか、と思いつつ、もう別の読み方は暫く出来そうもない。この事の良し悪しは一旦棚上げするとして、朗読を聴いた時に

生じた感情自体は決して消すことはできない。

 

 

家の近所が、みどりみどりしてきた。桜の残骸、葉桜、藤の花、ハナミズキ、シロツメクサ、他、わさわさしている。

 

引っ越し日がようやく決まり、まだまだ時間はあるものの、今日から段ボールに詰められる物を整理していく。

 

午後から叔父がやって来て、我が家で不要になった物で欲しいものはないか確認作業をしてもらう。

 

身軽になる、というのはなかなか難しい。以前、夏に絞りの浴衣を着て地下鉄に乗っていたら、遠くから見知らぬお婆さんが

たたたっと駆け寄って来て、私の横にぴたっと座り、絞りの浴衣をほめそやし、自分は老人ホームに入る為に和箪笥ごと

着物を処分したのだと言った。辛かったのだそうだ。その時に私が来ていた浴衣によく似たものを、以前所有しており、

懐かしくてたまらない。と早口にお喋りし、私より先に地下鉄を降りて行った。元気なお婆さんだった。

 

 

でも今日は生クリームに溺死する

散らばったとこから金さんが増える

しわくちゃの表紙伸ばせば蔵の鍵

有限のおむすびころりん追いかける

お稲荷が丸太と並ぶ昼下がり         竹井 紫乙

                                           2017.4.22

 

安福望さんの個展「詩と愛と光と風と暴力ときょうごめん行けないんだの世界」 

 

 柳本々々さんと安福望さんの対談が約一時間。夫婦漫才みたいな感じになるのかと思いきや、観客もお二人も椅子に座った状態

 で進行したので、楽な感じ。お二人のすぐ後ろが窓で、川縁で、桜の木々があって、もう大分散っていたけれどひっきりなしに

 お花見する人が入れ替わり立ち替わりやって来る。親子連れ、バイトの休憩時間らしき人、夜桜の場所取りの人、等々。

 

 対談中のお二人には見えていないに決まっているけれど、何てのどかなことよと思う。展示作品にも桜が多く描かれていたけれど

 本物の桜の景色と重なって、観客側からの風景はとても良かった。

 

 柳本さんと安福さんにとっての「きょうごめん行けないんだ」についてのお話や、短歌に絵を付ける場合の歌選びから描く過程

 についてのお話しなど、興味深いことが色々。

 

 安福さんの絵はネット上でも見ることができるけれど、原画の方が繊細さが味わえて数倍いいなあと思う。

 

 

昨日の夕方から今朝にかけて雨。昼頃には止んで、曇り。気温と湿度は高い。

 

引越し屋さんが見積もりに来る。犬が吠えるので散歩へ連れ出す。少し歩けば桜並木のある道へ出る。通常であれば花見客で賑わっているけれど、天候がよろしくないので人はあまりいない。晴れた日の桜も美しいけれど、曇天の桜もいいものだと思う。

 

本日は何て静かな春でせう。

 

                                             2017.4.8

 

本日は平成17年3月10日。時実新子が亡くなってちょうど10年。

 

10年経つのはあっという間で、それでも色んなことがありすぎるくらい

あるものだけれど、何度先生のことを思い返しただろうか。未だに私に

とっては「せんせい」だ。当たり前に忘れられない人である。

 

妹尾凛さんと八上桐子さんが「月兎」というユニットで年に一度、月の子忌の三月に時実新子を読む会を催されている。フリーペーパーも作成されていて、今年は3回目だった。先約があって残念ながら行けなかったけれど、後日資料をいただくことができたので読む。今年は1965年から1969年の期間に書かれた句や文章で構成。

 

「革新川柳」という言葉が出てくる。面白い言葉だなあと思う。ヌーベルバーグとかニューウェーブとか、似たような言葉だ。こういう名付け方が好きな人たちはどこにでもいるのだろう。こういう言葉が出現する時には、それなりの物事の盛り上がりがあるものだろうから、昭和40年代前半はいわゆる伝統川柳から変わっていこうとする動きが活発だったのかもしれない。この時期に時実新子が所属していた『川柳ジャーナル』からの抜粋句は読んでいて、しんどい。全句集を繙けばこの時期にも、後に代表句と呼ばれるような句も書いてはいるものの、そういった句の数は少ない。紆余曲折していたのですね。

 

  レモンれもん檸檬忘れたものに遭う

  人の死はかくも静かにビル建つ音

  夕暮に置くにんげんの顔ひとつ

  春のポケット短い嘘を詰めている

  それはうかつな狐で善にまみれける

  雨仕度しては椿を踏みに行く         時実 新子

 

 

                                            2017.3.10

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はいくま』

 

私はフランス語がわからないので、大阪生まれの「みやもと・ちあき」さんというイラストレーターの女性と、ジル・ブリュレという仏蘭西人の詩人の作った、俳句の本であるということくらいしか情報としてはつかめない。日本語訳が付いているので普通の絵本として楽しんだ。フランス語の発音がわかれば韻の楽しみ、という部分も大いに味わえるに違いない。

 

小さな女の子目線から見た、くまちゃんとの日常世界。私も幼少期にくまのモンチッチを愛玩していたので、懐かしい気分に浸れる一冊。(余談。当時は猿が苦手なのでわざわざ熊を選んだけれど、モンチッチのシリーズには狐や狸も存在した)

 

内容がシンプルなので、妙に深読みし過ぎてしまいそうになる。

 

 くまちゃんのかげもやっぱりくまちゃん

 

 わたしをまもろうとめをあけたままねむるくまちゃん

 

 くまちゃんはわたしのケーキもアイスクリームもぬすみぐいしない

 

 くまちゃんとわたしときをこえて

 

私のくまは、左手にバナナを持っている。なんで猿じゃないのにバナナ?と不思議に思っていた。単純に、頭部だけを付け替えて製造されていたにすぎないのだけれど、このくまは、永遠にバナナしか食べることができないのか。つまらないなあ、などと真剣に考えていた。

 

                                              2017.3.9

 

 

 

先月行ってみた阿倍野の居留守文庫さんに句集、その他を置いてもらおうと準備。

 

川柳関係の書籍は置いてないようだったので、本棚から出せるものがないか調べる。

なかなか難しい。売れなくても構わないにしても、一応売り物にするわけで、あまり変な本は

出せない。人から頂いた本などは書き込みが残っていたりするし、状態がきれいで、内容的にひとにおすすめできるような本でなければ出す意味がない。

 

近くに学校がある地域だったので、あわよくばこれまで川柳に全く興味が無かった子供が手に

取って、立ち読みでもしてくれればいいなあと思う。ので値段は当然、古本だし低く設定。

でも本当は売れてくれなくても全然いい、という本には高いめの値段をつけた。

 

こういう作業は時間がかかるし難しいのだけれど、楽しい。喉が痛くても発熱していてもやって

しまう。そして送る本を読み返してしまい、どんどん睡眠時間が減ってゆくのだった。

 

 

                                               2017.3.8

 

 

 

 

 

 

『ロベール・クートラス』大山崎山荘美術館の開館20周年記念の展覧会。

ちょっと前に観に行ったのだけれど、良い展覧会だったなと、ふとした時に思い返す。作品が小さいので記憶の隙間にうまく入り込むのかもしれない。絵を描くことの自由さと、行為に対する誠実さ、という基本的な部分について考えさせられる

作品群。常設展示の部屋に飾られているモネの絵もそうだけど、実際には見えていないものを描くタイプの画家なので、よけいに作品の印象が濃いものになるような

気がする。

 

                            2017.3.7

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大阪阿倍野の古書店「居留守文庫」へ行ってみた。

 

『週刊俳句』で小津夜景さんが紹介されていたので、面白そうな本屋さんだと思って調べてみると『川柳 北田辺』の句会場から

徒歩圏内であることがわかったので、句会の前に立ち寄ることにした。

 

静かな下町の住宅街に上手い具合に溶け込む古書店。でも外観は微かに自己主張を発信しているように見えた。

客は私一人きりだったので、ゆっくり見て回ることができた。小津夜景さんの棚から一冊俳句の本、他の棚から二冊文庫本を購入。

前の持ち主がわかっている古書を買うのは初めて。(この本は古書と呼ぶにはとてもきれいだったけど)そしてこの文庫にはスタンプカードが存在するのだった。キュート。

 

            

                                          2017.2.26

 

 

 

大量の大型可燃ごみを出す為、有休を取って早朝から片付け作業。午後まで庭の片付け。

 

根付いている木、植物はそのままで転居して良いと言われてはいるものの、老木の藤の木や、巨大化しつつある紫陽花、オオデマリ、柳、などは気になるので全部ノコギリで切る。小さい庭であっても様々な物品もあり、いちいち可燃、不燃、リサイクル、大型ごみ、に分けるのは頭が痛い。

 

木の枝を積み上げていく。昔話のおじいさんが背負いそうな枝の山が出来上がる。

 

水仙がもう終わりで、さざんかがあと暫く花を咲かせそうな感じ。この庭で咲いた花をいけるのはこれが最後だなあということで、少し活けてみる。

 

沢山の植木鉢があり、ほとんど処分しなければならないのだけれど、ここ二か月の片付け作業のうち、この庭道具を捨てる作業が母にとっては最も悲しかったようだ。

 

この家には新築の状態で引っ越して来たので、庭造りは両親が何も無い状態から始めた。

私は植物にも庭にも興味がなく、そもそも庭に出たこともなかった。花を活けるようになったのは一人暮らしを始めてから。鉢植えを部屋に置くようになったのも、友人から引っ越し祝いにプレゼントしてもらったのがきっかけだった。

 

庭造りに成功した、とは言えないような庭になったなあ、と心の中で思っている。母には言わないけれど。それでも、母にとっては楽しい思い出が詰まった空間だったのだろう。

 

片付けがひと段落して、窓ガラス越しに庭を見ると鳥が飛んで来た。と思いきや地面に這い出してきたトカゲをぱくっとくわえて飛び去った。華麗。

 

                                             2017.2.1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『しりあがり寿の現代美術 回・転・展』伊丹市立美術館へ出掛ける。

「回転」がテーマなだけに、あちこちらであらゆるものがグルグルグルグル回転している。監視係の人達は目が回らないのだろうかと心配になるくらい、回り続けている。

東日本大震災が主題の作品も多く、墨絵作品の「崩」、立体作品の「ピリオド」が強く印象に残った。

とはいえやっぱり「しりあがり寿」という看板の漫画家さんなので、どれだけシリアスなテーマを扱っていても笑いの要素は忘れない。笑ってはいけないものをあえて激しく笑いぶっと飛ばしているのである。素晴らしい。

 

漫画、と言えばルーブル美術館がヨーロッパのバンドテシネの作家や、日本の漫画家に、ルーブルをテーマにした作品を依頼した展覧会の日本巡回展を先日観た。

自分が日本人で生まれも育ちも日本なので、バンドテシネと漫画は全然、違うなと思うのだった。どうやら作品の流通方法も制作ペースも同じ職業であるとは言えない程に相違しているらしいのでルーブル側の「第9番目の芸術」という括りにしてしまうには、少々無理を感じるのであったけれども、なかなか面白い展覧会ではあった。

日本の漫画家は過酷な労働者でもある。凄まじい競争を潜り抜けて漫画を発表しているけれど少し売れたくらいでは生きてゆけない世界なのだから、当然今日のしりあがり寿にしろ、ルーブルが作品依頼した人達にしろ、絵を描くレベル、発想力が非常に高い。

久しぶりに沢山、漫画が読みたくなってきた。

                               

                                               2017.1.28

                                  

 

朝、窓を開けると雪景色。年に一度くらいはこういう天候になる。

出掛ける用意をして、天気予報を見つつ今日はどういう一日になるだろうかと考える。中途半端な田舎に暮らしているのでバスが止まるとどうしようもない。

帰途のことを考えて、結局外出はキャンセルした。

 

時実新子没後10年。ということで、神戸新聞に「新子を読む 新子へ詠む」という企画記事が今月初めに掲載された。五名の方々の文章と句を読む。

新子句を一句選んで、それにそった文章と各自の一句。という構成。

 

時代が変われば、句の解釈も変化するのは当然のこと。生前、代表作とされていた句はいくつもあるけれど、おそらく注目される句も変わってゆくだろう。

個人的には晩年の句が好み。

 

  荷物かもしれない命かもしれない

 

  薄情な声を出すとき銀の味

 

  風船の紐持たされて地を離れ

 

  カリスマという蔑称も久しぶり

 

  死者は生者を妬むふるふる星祭り

 

  たどり着くホテルの匂いするホテル       時実 新子

 

  乾いた感じがとてもいい。突き放し方も好き。特に好きなのが最後のホテルの句なのだけれど、この句について誰かコメント

  しているのを読んだことも聞いたこともないのであまり人気のない句なのかもしれない。

  ホテルの匂いはある、と言えばあるし、ない、と言えばないようなもの。(旅館に行くとお香を焚いていたりする)

  旅館と違って機能的で無機質なのがホテルのイメージだし、人間の気配は(自分の前の宿泊者)消してあるのが普通。

  ではホテルの匂いって一体何なのか。そもそもこの句におけるホテルは何なのかを読み手に投げかけて来る。

  とても快適な棺桶みたいな、高級なホスピスみたいな空間を想起させる。同時にただの通過点に過ぎない場所であることも。

  真っ白なゼロ地点に立っているような瞬間を書いている句だと思う。

 

 

                                          2017.1.15

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

関西国際空港でさようならは中途半端な砂糖菓子 

 

 

 

がらくたの未来が錆びることもなくきれいなままで港の倉庫

 

 

 

分裂がたくさんできる薬飲むコピーを重ね藍色の痣

 

 

 

切り離す列車に腕を預け置く集合場所はホテルの棺           竹井 紫乙

 

 

携帯電話。ほとんど意味がないというか役に立たないというか鞄の中に

放り込んだままでいざという時使えていない。というわけで友達に迷惑

かけてしまう。ごめんなさーい。でも、会えるけど。会いたいから。

 

二人して壁に向かいて泣いている枯れ木の枝の餌食になって

 

桜には早すぎるから灰色をすべてに混ぜてぼんやりさせる

 

肩紐がほどけてしまうようなもの君と私の時計を壊す

 

日常がぐんぐん伸びて飛行機にどこでもドアが貼り付いている  紫乙

 

 

 

                                                  2017.1.11

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家の大片付けは続く。三階建てなので、大体三か月かければいいのでは

ないかと考えていたけれど、ちょっと読みが甘いようで・・・。

 

高校生の頃、授業で短歌、俳句、川柳、漢詩を作らねばならなかったことは

記憶に残っていたけれど、その後試しに書いたのであろうものが今日、出て

きた。はっきりとした年月は不明だけれど、10代後半に使っていたはずのノートに俳句や短歌が書きつけてあった。全然、覚えがない。字も今とは違うので、本当に私が書いたものなのだろうかと疑う。前後のページにより、

間違いなくこれは自分が書いた文字であるということはわかった。

 

この頃の私は煙草とジンライムが好きだったらしい。覚えてないけど。

 

 

  夜の冬走れば喉がメンソール

 

    メンソール入りの煙草、確かに吸っていたような気がする。「夜の冬」って一体何なのでしょう。

 

  昼間から働く人を見下ろして私はとても今が好きだな

 

    人生、なめてかかっているとしか思えない。

 

  平日に学校休み家の者皆で桜見に行く春よ

 

    私の家族はこういう感じ。祖母は「二、三日学校休むくらい、どうってことない」という人。

    「ついておいで」と言われて何故か学校をズル休みして北海道旅行へお供したこともある。

    多分、天気が良いというだけの理由でお花見の為に学校を休んだこともあったのだろう。詳細は忘却。

 

  横にいるこの子の首を絞めたいな午後二時の陽は夜と同じだ

 

 

    あの頃、何を考えて日々を過ごしていたのか全く思い出せない自分がこわい。

 

 

                                            2016.12.23

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

収納スペースが大きい部屋を個室として使っているので、片付けを始めると「何これ」な物体が次々出現する。

しかしながら確かに、私の物だ。生まれて初めて履いた靴。仏教系の保育園に通っていたので、初めてのお数珠。

何でこんなものたちが残ってたのだろうか・・・。先日は産まれた病院で手首に付けられていた認識ベルトみたいなものが

出てきた。うへー!

「大阪光の饗宴 2016」

 

 中之島界隈が一年で一番美しい季節。一週間前までは銀杏が見事だったし、今日からクリスマスまでは図書館と公会堂の

 プロジェクションマッピングが毎晩行われる。今晩は月がとてもきれいだった。

 

                                             2016.12.14

 

金田一耕助ニューバージョン(池松壮亮)  横溝正史短編「百日紅の下にて」 

 

百日紅の木の下で話をしているから、もじゃもじゃ頭にお花が積もるのはまあいいとして、焼け出された男が背負ってるのがぬいぐるみ、っていうのは面白すぎる。

 

この短編は「私の名は金田一耕助、取るに足らぬ男です」の台詞で終わる。来年の年賀状で使おうかと思う。「取るに足らぬものです」なんて台詞、一生言う機会なさそう。

横溝正史の金田一耕助シリーズは何といっても角川映画が映像作品としては代表的。色んな役者さんが金田一を演じているけれど、

石坂浩二の演じる金田一さんが一番好きだった。市川崑監督との相性が良いせいかもしれない。最近、映画『獄門島』を放送していた。ほぼ同日に(変な表現だけど)ドラマ版の『獄門島』も放送された。今回の金田一耕助役は長谷川博己。脚本が映画とはずいぶん違う。基本的なストーリーは変わらないけれど(なんたって推理ものだから)、金田一への解釈が違う。

映画版は必ずしも原作に忠実というわけではないし、かなり市川崑のカラーが色濃いなと思う。

もしかしたら、今回のドラマ版の方が原作の空気感には忠実なのかもしれない。ともあれ長谷川博己の金田一耕助はとても気に入ったのだった。石坂金田一を越えたかもしれない。

しかしながら、予算の都合だとは思うけれど脇役のキャスティングはいまいち。場所の設定は瀬戸内海なのだけれど撮影場所は佐渡市と柏崎市。気候風土の違いが画面から伝わってしまう。でもまあ、長谷川博己という役者にはぴったりの海だった。

市川崑の使う役者は皆、色気がだだ漏れなくらい艶々している。今回のドラマにはそういう湿度が無かった。そこが今時。

 

 

『俳句現代』2000年6月号 (角川春樹事務所)

 

 特集記事が「俳句と川柳」。対談は時実新子と角川春樹。

 

 俳人と川柳作家の作品が巻頭に10句づつ掲載されている。俳句が能村登四郎、森澄雄、佐藤鬼房、

 稲畑汀子、岡本眸、有馬朗人、角川春樹。 川柳が橘高薫風、尾藤三柳、高鶴礼子、情野千里、

 倉富洋子、峯裕見子、時実新子。

 

 16年経つと亡くなられた方もおられる。川柳では当時の『川柳大学』の書き手を4人出しているところ   が時実新子らしいなと思う。

 

 俳句と川柳についての評論は基本的に両者は似て非なるもの、ということをベースに8名の方が執筆。

 (角川春樹と時実新子の対談でも基本的に「違う」ものという認識で話が進められている。)

 

 宗田安正の「俳句と川柳の問題」では大西泰世を例に〈疎外し合うよりはお互いの成果を検討し合うことのほうが大切〉とした

 上で〈川柳側からの川柳構造論、川柳史、アンソロジーが欲しい〉という文章で締めくくってある。

 

 この月刊誌を読んだ時、私は川柳を始めて4.5年経ったくらいで「面白いなあ」と思いながら真面目に読んだけれども、まだ

 俳句との関係にはさほど興味はなかった。

 

 

 川柳史ということで思い出すのは編集工房円から出版された『川柳研究資料ノート』。教科書っぽいつくりなので読みもの

 としては、ちょっと読みにくい本ではある。(編集作業はとても大変だっただろうと思うのだけれども)

 古川柳の本も持っているけれど、何度も再読したりはしない。江戸落語の世界に紛れ込んだような気分にはなるのだけれど、

 全部匿名の世界だから何だかファンタジー過ぎるのかもしれない。

 

 となると川柳関係の書籍で句集以外で、柳誌以外で、読みものとして何度も読むことができた本って何だろうと思って本棚を

 眺めてみた。ある。『川柳でんでん太鼓』と『道頓堀の雨に別れて以来なり』。ともに田辺聖子の本ということになる。

 

 単純に、読んでおもしろいということは大事なことだなと思う。『俳句現代』2000年6月号は久しぶりに読んでも面白かった。

 これが良い事なのか悪い事なのかはちょっと微妙では、ある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

維新派『アマハラ』 奈良 平城宮跡

 

 文化庁事業で奈良市の主催「東アジア文化都市2016」の舞台芸術部門。維新派最後の公演なので、前売りは完売だけれど当日券

 狙いで仕事を休んで出掛けてみた。当初の天気予報では雨のはずで、雨ならチケットは簡単に取れるだろうと思っていた。ら、

 物凄い晴天。早い目に到着するよう家を出たのにすでに当日券を待つ行列ができていて驚く。ちゃんと当日券の購入はできた

 けど。お客さんは次から次からやって来て客層は老若男女問わず色んな人がいる。

 

 とにかく夏並みに暑い。10月も中旬に半袖で平城宮跡を歩き回ることになるなんて。ここは10数年前に友人と来て以来だ。

 当時よりも整備が進んでいる。管理が文化庁で、発掘途中の遺構なので公演許可が下りるのは簡単なことではなかったらしい。

 ただの原っぱにしか見えないけどね・・・。空が大きく見える、だだっ広い気持ちの良い場所。

 

 舞台と客席は、生駒山と対峙する位置にある。夕方17時過ぎからの公演なので、生駒山の後ろへ夕陽が落ちてゆくのが正面に

 見える。滅茶苦茶眩しかったけどその美しさに客席から感嘆の声があがる。超満員。

 

 初めて維新派の舞台を見たのは18歳頃だったと思う。小さな空間でも野外でも関係なく、いつも素晴らしい世界を見せて

 いただいた。松本雄吉さん、長い間ありがとうございました。

 

 帰りの電車では今回のディレクターである、平田オリザさんと偶然同じ車両だった。演劇空間が細い糸のように繋がって

 伸びているような気がして、見事な月と共に、なんとなく印象に残った。

                                          2016.10.17

 

 

拙句集『ひよこ』『白百合亭日常』について、柳本々々さんが

色々な角度から、何度も文章を書いて下さっている。

 

何度も読まれることに耐えうる句集であってほしいと思いながら

制作するわけだから、これはとても嬉しいことだ。

 

そして、『ひよこ』を作って十年以上の月日が経っても未だにお金を払って読んで下さる人達が存在しているということ。時実新子先生には、「句集をばらまきしてはいけません。忘れた頃に、ぽつりぽつりと売れるのが本当にいい句集です。」と言われた。先生は本を、それも川柳の本を沢山売った人だ。この言葉はだから、重い。

 

短詩が常に、書く人と読む人との関係性で成立するものなら、句集は尚更人間関係を引き連れて来る。その関係性が深いか浅いか、強いか弱いかは、どれだけの熱量を句集に投入したのかを問われることでもある。一方で、幸福な出会いというものは、そうそう滅多にあるものではないのだ。

 

                                          2016.10.2

 

 

 

【短詩時評 note27】死ぬ前に書いておきたい現代川柳ノート:わたしが川柳を好きな五つの理由―ヴァルター・ベンヤミンと竹井紫乙から― / 柳本々々  http://sengohaiku.blogspot.jp/2016/09/tanshi27.html?m=1

 

 

週刊俳句 Haiku Weekly   http://weekly-haiku.blogspot.jp/

第493号
あとがきの冒険 第10回
あったこと・ないくせに・なんとかなる
竹井紫乙白百合亭日常』のあとがき
柳本々々

 

 

 

 

 

 

大阪中央区の重要文化財建造物「日本綿業倶楽部」、通称「綿業会館」の館内見学へ行く。

 

以前から、中に入ってみたいと思っていた。昭和6年の建物だけれども未だに現役で使用されており、なかなか見学予約が取れない。通常は土曜日が見学日。今回は予約が捌ききれないらしく、イレギュラーな見学会であったらしい。昼食付きで、会員食堂に通してもらう。写真撮影は自由なれどその写真をブログ等で使用するのは禁止、ということで以下の写真はおまけでいただいたポストカードの写真。会員制の倶楽部でテナントの会社が入っている建物というのは色々制約があるよう。

 

係の方の説明はわかりやすく、丁寧で興味深いお話しばかり。色んな様式の部屋があったり、用途の部屋があったり。

戦時中に銅像やシャンデリアなどを国に献納しているそうで、戦後復元したとのこと。大阪大空襲後の写真を見せていただくと、近所ではこの建物だけが無事だったことがわかる。勿論、奇跡などではなく作りが頑丈だったおかげ。進駐軍に接収された際、内部の改装を行わないよう掛け合ったらしく、内装はほぼ戦前のまま保存されたらしい。

 

ところどころ、ちょっと傷んでいる部分はあるものの、沢山の人々の愛着のかたまりのような建物。そして細部に至るまで手抜きは一切なし。床から天井、階段手摺、調度品や絨毯まで隙がない美しさなのに居心地がとても良い空間だった。

 

                                                 2016.8.26

 

大阪の万博記念公園にあった遊園地が無くなって随分経つ。最近、長い間かかってようやく新しい施設が完成した。

廃墟のようになっていた跡地を見るのは常々物悲しいものがあったので、良かったなあと思う。

 

『ニフレル』という海遊館が経営している小ぶりな水族館。水族館とは言っても、鳥、ホワイトタイガー、カピバラ、キツネザル、

色々いる。基本、鳥は放し飼いなのでぶんぶん飛びまくっており、何故かキツネザルと鳥の距離が近い。世界で一番大きな鳩もいて、美しい顔をしている。見どころは予想外に沢山あったけれど、中でも一番人気はホワイトタイガー。ちょうどおやつのお肉を道具を使って食べさせる時間帯だったらしく、老若男女問わず虎に夢中!水槽の中で遊ぶ白い虎。っていうのがいいのかな。

虎自体は肉にしか興味がないので、食べて遊んだらあとはのんびりしている。猛獣は人間の好奇心をざわざわさせるもので満ち溢れているのだった。

                        

兵庫県立美術館の常設展示室。

 

従来からのコレクション展示に加えて、「手で見る造形」ということで、アイマスクをしてロープを伝って三つの彫刻作品を手で鑑賞する。説明の音声だけでは正直言って、さっぱり何が何だかわからなかった。指で直に作品に触るだけでは、頭の中で像が完成しなかったのだった。

 

わからなさ加減にも驚いたし、たったの30分程アイマスクをしていただけで、外した時の眩しさといったらかなりくらくらするくらい。決して明るすぎる照明の部屋ではなかったのに。

 

視覚に頼り切って生活していることに気付かされた。

『生誕130年記念 藤田嗣治 展』兵庫県立美術館

 

数年前の大回顧展とはまた違う趣き。前回は会場が京都で今回とは場所も違う。

初めて目にする作品もあって、興味深かった。ふた昔前は日本で制作されたきちんとした画集すら手に入らなかったし、まとまった数の作品を見ることが出来るのは秋田の平野政吉美術館だけだったように思う。10年くらい前に、この美術館が目当てで秋田へ行った。フジタが制作した作品の中で、最もサイズの大きな作品がこの美術館にはある。予想以上に素晴らしかった。

  

海外の印刷技術は日本のそれよりもかなり劣る。だから講談社が没後35年に制作した画集はすぐに入手した。それ以前は古書店で、1977年に展覧会の図録として出版されたものを見つけて購入。この図録には当時の展覧会の入場券が挟み込まれていて、阪神百貨店の八階催場でたったの11日間だけの展示だったことがわかる。 

  

最近はフジタに関する本の出版も多いようで、(映画の影響もあるのかもしれないけれど)評価の変化には驚く。おそらく、残されている戦争画が公開されるようになったことも関係しているように思う。戦争画、というものを検証することすら出来ない状況があったのだ。まだまだ作業はこれからなのだろうけれど、一部の作品だけとはいえ、見ることができるようになったことはいいことだと思う。これらの作品も含めて藤田嗣治なのだから。ちなみにフジタの戦争画を初めて見たのは京都での展覧会だったけれど、展示方法や、展示の流れのせいか前回とは絵の印象が違うのだった。見せ方で、こんなに印象が違うものかと意外に感じた。当然、戦時下でこれらの絵を見るのと、平成28年に見るのとではまるで受け取り方は違う。見る側の問題ということ。絵は変わらない。

 

                                          2016.8.14

 

 

数日前から我が家に迷い込んでいるモスラちゃん。

 

最初、三階から入って来てあちこちに移動。水も食料も供給できないし外に出た方が御身の為であるよ、と何度も外に出ていただこうと促すも不動。今日はたまたまカーテンにくっついていたので

窓を開けて反対側から叩く。ベランダにべたっと落ちたのだった。どうも、すでにお亡くなりになっていたようで、動かない。

 

三階のテラスでは蜂がひっくり返っている。蜂のことは「はっちゃん」と呼んでいる。モスラちゃんだの、はっちゃんだの、無理やり可愛らしく名前を付けては嫌悪感を薄めるように努力しているのだ。基本的に虫が嫌いなのである。したがって、亡骸の始末もやりたくない。一階の庭に箒で叩き落せば蟻の大群がきれいに食べてくれるかも。ちょっと前にアリコロシを大量に撒いたので、数は減っているかもしれないけれど。

 

                                                2016.8.11

 

 

 

ETV特集「女ひとり 70歳の茶事行脚」

 

あまり内容がわかっていなかったけれど、タイトルが面白そうだと思って録画していた。

 

依頼された茶事を行うことを生業としてきた70歳の女性の、2014年から二年間の、仕事ではなく、好きで勝手にやってる茶事の記録。押しかけ茶事、みたいな。これはこれで凄い。自信も勇気も体力も知力も必要だし、何といってもアポなしで一人で車に道具一切合切を運んで各地へ旅するのだ。野宿したりして。

 

今回の二年間の旅は新潟から始まって、福島で終わる。途中、体調を崩して思ったような茶事ができなくて落ち込んだり、病で入院したり、これまでのように体が動かないことに苦しんだり、する。

京都の瑞峯院の和尚さんに悩みを語ると、「花一輪に飼い慣らされていったら(いいんじゃないですか)」と返される。何て素敵な言葉。

体の変化だけは人間がなまものである以上、どうしようもない限界が必ずある。本気で花一輪に飼い慣らされることができれば、確かに70歳の苦悩は和らぐかもしれない。けれど、私の祖母のことを顧みても、何でも一人でやれる人ほど、老化を受け入れることは難しいことだ。朝、新聞を読んで、自分が完全に内容を理解できていないことに気付いて絶望して、泣いていたことを思い出す。その頃祖母は80歳をとうに越していた。

 

旅の最後の福島県では、女子高生三人に声を掛けて雪の河原で茶事をする。10代の女の子たちと、70歳のおばあさんの会話は、シンプルである。茶事の終わりにひとりの女の子が「寒いんだけど心があったかいからそんな、寒いとは感じませんでした」と感想を述べた。彼女こそが花一輪なのだな、と思う。咲くのはこれからだけど。

 

                                         2016.5.15

 

 

 

 

 

 

BLOG俳句新空間【短詩時評18にゃあ】竹井紫乙✖柳本々々の猫川柳ワンダーランド『ことばの国の猫たち』とわたしたち

タイトル、長い!要するに、私と々々さんの対談。猫、および動物を取り扱った川柳について、が基本テーマで、あとは色々話が広がってしまっている。話の広がりはとめどもないので、あまり広がり過ぎないように一応、気を遣ったつもり・・・。

作業はとても面白かった。鼻炎の薬がとてもきついので、黄砂が飛んでなければもっとはかどったかもしれないなあと思う。

 

作業は連休中だったので、お出かけしながら、ずっと対談の内容のことを考えていた。国立国際美術館『森村泰昌━自画像の美術史━「私」と「わたし」が出会うとき』内容が濃くて、面白過ぎる。森村さんの展覧会は初めてではないけれど、今回は最も強烈だった。映像作品が圧巻。森村さんの大阪弁が素敵。

対談で、「わたくし性」の話が出ていたので、森村さんの「私」と、ちょっとかぶるなーと考えながら作品を見ていた。「わたしがわたしをぬけていく面白さ」。

 

次の日の伊丹市立美術館『エドワード・ゴーリーの優雅な秘密展』。勝手に、ゴーリーはイギリス人だと思い込んでいたのに、アメリカ人と判明して一人で驚く。

 

子供向けの本としてはかなり難しい作品を、初期からずっと制作していたことに感動する。不吉のオンパレード。ご本人の発言は到ってまともで、「世界は不安なものなのだから、不安のまま、不安におとしいれる」とか「出版社の連中は臆病者だらけ」とか「不幸になるのに理由はない」とか。確かに、因果応報とか教訓の世界なんて、下らない。そして、それらは嘘であり、偽善でもある。

この人の絵本は原文で読むのがいいらしいけど、翻訳版もなかなかの素晴らしいセンス。中でも『華々しき鼻血』は訳がとてもいいと思った。内容はけっこう残酷だけれども、絵は品があって、決してグロテスクではない。本当に悲惨な場面の一歩手前の情景が描かれている。だから尚一層怖い、という手法。

 

とても人気があるらしく、この小さな美術館には珍しく沢山のお客さんで埋まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

徳永政二さんのフォト句集『家族の名前』が出版された。このシリーズはすでに4冊目となる。

写真家の藤田めぐみさんとのコラボで、今までの中で一番、写真も選句もいいなと思った。

 

すみませんこの世を捨てておりました   徳永 政二

 

こんな人を、知っている。実際には、本当にこの世を捨てるということはかなり難しくて、人生の中のほんの少しの間、が限度だろうと思うけれど、そんな短いであろう期間に同じ時間を過ごすことになった場合、とても辛いものがある。どれだけ謝られても取り返しはつかないのだ。では私はどうなのかと言えば、瞬間ではあるけれど、捨てていたなということが、やはり、ある。この句の文字通り「すみません」なのだ。

 

  手を合わすことを覚えてからの空    徳永 政二

 

他人の為に、一度だけ真剣にお祈りをしたことがある。その時に初めて祈ることの意味を知ったわけだけれど、同時に目から鱗が一気に十枚くらいはがれてしまったらしく、何を見てもきれいに見えて心がふるえてしまう、という状態にしばらくなってしまった。会社の休憩室から見えるただの街中の電信柱、繁華街のネオン、百貨店の壁、葉の落ちた木々、灰色がかった空、そんなものが全て美しくみえてしまうのだ。さすがに、自分はおかしくなってしまったのではないかと疑ってみたりしたけれど、別に仕事に支障が出るわけでもなく、大分時間はかかったものの、元に戻った。この句を見て、その頃のことを思い出した。

 

  なんでもない夜よみかんに種がある   徳永 政二

 

どこにでも、種は転がっていると信じたい。いつ発芽するかは予測不可能だけれども。

 

                                      2016.3.2

 

 

 

 

 

 

  

2月はあっという間に過ぎてゆく。

くたくたに疲れて口の中を噛みまくったり、下らないことをお喋り

して爆笑し続けたりしているうちに、もう月の半分過ぎている。

早く買おうと思っていたのに、入手したのがやっと今日。

『大人になるまでに読みたい15歳の短歌・俳句・川柳

  ①愛と恋』ゆまに書房

いやー、長いタイトル。まあ、仕方ないか。全3巻刊行予定。

川柳の担当は、なかはられいこさん。まだぱらぱらとしかチェックできていないけれど、ものすごく大昔の人から最近生まれたばかりの人まで網羅していてさすがに対象が15歳なだけはある。本当に15歳が読んだら、どんな感想をもらすか聞いてみたいものだ。私の句も掲載された。

 

ぴよぴよと鳴く信号も恋人も     竹井 紫乙

 

この句を書いたのは30歳になるかならないか、くらいの時だった。

歩きながら作った句で場所は大阪で上町台地から法円坂、谷町四丁目から天満橋へ向かいつつ、すっかり日の暮れた

坂道を下りながら歩いていた。何度か信号待ちをしていてその時作った句だ。その時のことをよく覚えている。振り返れば明るい絶望の真っただ中だった。

 

他の錚々たる書き手達の作品群をぱらぱら眺めていて、ページ毎に心を鷲掴みにされるけれど、ああそうだ、やっぱり人間っていうのはこうやってうっかり人を好きになったり、おかしくなったりするものだよなあと思った。

ゆっくり、ゆっくり読みたい一冊。

 

                                        2016.2.18

 

 

昨日1/31の「川柳 北田辺」は久保田紺さんの追悼句会。

 

全員、紺さんへの追悼吟を提出する。題は「紺」。

 

久保田紺さんというお名前は、本名ではない。しかし「紺」って、好い名前だと思う。

ご本人にも、よく似あっていた。

 

兼題でも席題でも、紺さんにちなんだ句がよく抜けていた。

紺さんがいたら、「もーやめてー」と言って逃げ出してしまったかもしれない。

 

 容易には溶けない紺に染め上げる

 

 もの足りぬあきたりないと紺が泣く

 

 紺色の女の子のままでいいよ       竹井 紫乙

  

                              2016.2.1

 

 

 

 

 

 

 

 

久保田紺さんが亡くなっておられた、ということが本日判明した。

 

大体、十年くらいのお付き合い。初対面のお互いの印象は悪い。紺さんは私のことを「物凄く性格悪そう」と思ったそうだ。私は紺さんのことを「ややこしいひと」と判断した。後日、私に向って「思ったような悪い子じゃないことは、もうわかったで」と言ってくれたが、私にとっては今でも紺さんはややこしい人だ。

 

それでも私は紺さんのことを嫌いだと感じたことは一度もない。紺さんのお陰で楽しい思い出が沢山、ある。美味しいものもたくさん一緒に食べさせてもらった。紺さんの、意地悪なところ、ひねくれているところ、怖いところ、可愛いところ、全部とても好きで、川柳にも書いている。(紺さんは知らなかったけれど。)

 

 いいものをたっぷり溜めてある体     竹井 紫乙

 

これは紺さんのことを書いた句で、第二句集『白百合亭日常』にも入れてある。この句集を作ることができた理由の四分の一くらいは紺さんの力によるのであって、紺さんにすれば一体どういうことだか理解できないに違いないけれど、私はそれだけ、紺さんにお世話になったのだ。

 

 そっと持つ 私のものでないらしい

 花束になる右側に庇われて

 この次はやさしい人になる だから

 どこまでも銀色銀を磨いても      久保田 紺

 

けっこう昔の、紺さんの句。私が出会った時、紺さんはまだ40代で、健康で、きれいで、悪い顔をしてけらけら笑っていた。足のきれいな、スカートを履いて、高いヒールの痛そうな靴をはいているお姉さんだった。その頃の紺さんのまま、記憶にとどめておくことに、する。

                                       2016.1.19

 

 

 

あざみエージェントの2016年のカレンダー。1月は徳永政二さんの句で始まる。

 

この線はどこにつながる線だろう  徳永政二

 

人によっては、「そんなん、知らんがな!」と怒り出しそうな書き方である。私が川柳を始めた頃には政二さんはすでにいて、句会場では年配の方々から、聞こえる距離で思い切り悪口を言われていた。理由は「あんなん、ずっこいわ。」とか「同じような句を何回も出して」とか色々言われていた。私は恐れおののいて、ロビーのソファで小さくなっていたけれど、ご本人は聞こえているはずなのに、全く平気な顔でやたら涼し気なのだった。私は、とても魅力的な句を書くおじさんだと思っていたので

句集があれば、ぜひ読みたいものだと期待していたものだ。

 

この句に特徴が表れているように、政二さんの句は確信犯的な書き方で提出されることが多いように思う。答えはあるけれど、そこは書かない、というやり方だ。小説でいえば宇野千代的な書き方、とでもいうか。ちょっと、すっとぼけて見せる感じ。これには賛否両論あるはずだと思う。けれど、簡単に真似ができるようでいて、できない域に達している。(生意気な書き方でごめんなさい)テクニックの高さが凄い。似たような句、と政二さんの句は、全然違う。あざとさを、捨て去っている。

 

第二句集を作成するにあたって、政二さんにはとてもお世話になった。別に普段、お付き合いもないし可愛がられた覚えもないけれど、私は政二さんの川柳に対する真剣さを信じるし、大量の句に目を通してきた経験値に頼らせていただいた。句集が出来上がって、いの一番に電話を掛けてきて、「いい本ができた!」と言って喜んで下さったことがとても嬉しかった。

 

これは僕これはあなたでそれは傘    徳永 政二

 

 

 

 

 

大阪の西天満の辺りに、老松町通りという所がある。

この通りには、美術商、古美術商などが軒を連ねている。

誰でも買い物できる店ばかり、とはいえ一般人相手の店は少ない。

 

来年の春辺りまで、イレギュラーな仕事でこの界隈に月に二回は足を運ぶことになった。今日はその仕事の日で、非常に気持ちが疲れてしまった。少し回り道をして老松町通りを歩く。岡本太郎の大きめの作品を飾っている店があった。店内に入ってじっくり眺める勇気はないけれど、色んなお店のウィンドーを眺めながら歩く。美しいものばかりなので、気分転換には、なる。

 

この通りでは骨董市のような、一般客が足を運びやすいイベントもたまに開催される。このコップはその時に購入した。明治初めに大阪の天満界隈のガラス工房で作られた、失敗作だ。本来は、もっと透明度が高くなければいけない。もっと薄く焼かねばならない。サイズは女性の手のひらに収まるくらい、小さい。これでは容量が少なすぎる。

 

なのに何故、私の手元にこのコップが存在するのか。それは私が「これ、いいな」と思ったように、この失敗作を気に入った人間が何人も存在するからだ。店主の説明では、このような失敗作は通常は廃棄されるので、今となってはちょっとした珍品扱いになるらしい。

 

最近はあまり使っていなかったコップだけれど、今日のように神経をすり減らした日には眺めたり、転がしたりするのにちょうどいい。手放す気は、ない。

 

                                             2015.12.22

 

 

 

 

新潟県産の洋梨をいただいた。 ル レクチエ という種類。

初めて見たし、初めて食べる。 日本の梨よりも洋梨が好きなので

とても嬉しい。 有の実という別名がある。この梨は実がとても

大きいので有の実という呼び方のほうがふさわしいように思う。

香りがとても佳い。 日本の梨で苦手なのが食感のざらざら。

これはなめらか。味はさっぱりしていて、後味すっきり。美味。

 

昔、迷惑を掛けられた相手から佐賀県産の梨がひと箱届けられた。

母がそれを見て「これで、なしにしてってことかな。」と言った。

冗談じゃないよ、そんな洒落。笑えない。相手の真意は別として

そもそも日本の梨が好物ではない私には苦い思い出になった。

 

こちらの梨には、そんな因縁は、ない。ただただ、おいしい。

食べ物に幸せな記憶がくっついている、ということは素晴らしいこと

だと思う。またひとつ、増えた一日。

 

                                              2015.12.17