神戸ゆかりの美術館×神戸ファッション美術館2館合同開催(とはいえ同じ建物の中だけど)で千住博展。知人にチケットをいただいたので出掛けてみる。今回の展覧会は高野山金剛峰寺の襖絵完成記念ということで、その襖絵がメインの展示。

 

千住博の作品と向き合うのは久しぶりなので、なんだか懐かしい気持ちで眺める。滝の絵というのはぼーっといつまででも見つめていることができるものだけれども、最近の連続する水害を想起させてあまり心穏やかならず。

自然の力に人間が対抗できるわけはないのだから、そろそろ地形や過去の災害データに基づいた街づくりをしなければならない時期に入ったのだろうと思う。勿論、過去の災害以上の被害を想定して。

 

来年の四月から働き方改革の一環として改正労働者派遣法が施行される。これは正社員で働く人にも派遣で働く人にも影響のあることだから、これについて友人と話し合いながら昼食。

 

  青を垂らすとどうなるか誰も知らない  石田都

 

                                                2019.10.27

 

台風で一日外に出ることができなかった日は、気圧の影響なのか体が重くだるく、頭痛がしていてほぼ一日中ふらふらと横になっていた。雨と風の音で眠ることもできないので本を読む。

 

『川柳 杜人』の暮田真名さんの論考、少し前にいただいた

『川柳びわこ』の竹内歌子さんの句画集、柳本々々さんと安福望さんの共著『バームクーヘンでわたしは眠った』など。

 

短期間にこれだけ内容に違いのある川柳関係の書籍を読むことができる、という連休はなかなかいいんじゃないか、などと思いながら。

 

紙の媒体で資料を残すという行為はとても大事なことで、どれだけ電子化が進んでも、本というひとつの物体が持っている情報の多さは後々何らかの役に立つものとなる。『川柳 杜人』の編集方針がどのようなものなのかわからないけれど、10年後、20年後に読んだ時に色々再考するための資料となるような記事をきちんと掲載しているという点で興味深い。

 

竹内歌子さんは番傘川柳本社の同人でもあり、句集の刊行はこれが2冊目。日本画も嗜まれており、句と共にカラーで日本画の作品も掲載されている。川柳人には絵画もできるという人がけっこうおられるので、こういった句画集というものは時折目にする。大抵の場合、絵の世界感と句の世界感に乖離はない。お孫さんの作文が掲載されていたりして、とても穏やかな空気感の一冊。

 

穏やかといえば、一見、穏やかな雰囲気のする本が『バームクーヘンでわたしは眠った』。私の友人などは敏感なので、安福望さんの絵はぐさぐさ刺さるらしく、じっと見つめていられないと言う。確かに、印刷物ではなく実物の原画で安福望さんの絵を眺めていると、ぞっとするような孤独な世界を感じる瞬間があったから、おかしな感想でもないと思う。それと同じく柳本々々さんの句や文章も、おかしいと同時に深くかなしい。落とし穴のように。

 

 いけにえにフリルがあって恥ずかしい  暮田真名

 そもそもは君がうさぎであったから   竹内歌子

 苺なのか苺なのかと責められる     柳本々々

 

                                           2019.10.14

                     

 

 

 

第三句集『菫橋』が無事に完成。

 

第二句集の選句をお手伝いいただいた柳人の德永政二さんから、「次は自選をやらないと。」と言われたことを覚えていて、それはやらなければならないなと心に留めていた。

 

もともと私は句作量が多く、自分で見ても駄句だとすぐわかる句や、「なんだ、また似たような書き方で似たような句を書いてるな」と自分でわかる句が沢山あって、これは句を書くこと自体が楽しいという時期が他の人よりも長く続いてしまったせいなのだと思っている。

 

数年前に連作を書く機会をいただいたのをきっかけに連作に取り組んでみたら、またこれが楽しくて、でもいけないことに連作形式にしてしまうと、いくらでもだらだら書けてしまう。よろしくない。連作、けっこう危険。

 

ということで、連作だけで構成する句集を自選で作ってみようと思いついた。編集作業は難しくて面白かった。

 

第二句集でお世話になった柳本々々さんとの対話は、いくつかの案を御本人に提案した結果決まった企画。とてもお忙しい中、数か月間にわたりメールでやりとりを続けたものを編集させていただいた。々々さんに感謝申し上げます。

 

装画の依頼を受けて下さった山口法子さんの絵は、SNS上でよく目にしていて素敵だなあと思っていた。ちょうどタイミング良く今年の夏に大阪で個展をされていて、ご本人が会場に来られていたので直接お話しすることができたのがラッキーだった。諸事情により、依頼を断られてもおかしくないような短納期に応えて下さり、本当に嬉しい作品でした。ありがとうございました。

 

最も無理をきいて下さったのが発行元の「港の人」で、いろいろな意味でものすごく驚きました。情熱には様々な種類があって、人それぞれに方向性が違うのは当たり前のことなれど、”自分の仕事をする”ということの本質に触れさせていただいたような気がします。これは言葉だけではきちんと表現できない類のこと。

 

お世話になった方々に報いるには、つくった本をちゃんと読んで下さるひとたちに届けることしかないので、これから私はねじり鉢巻きをまいて、風呂敷を背負って、行商に出ます。

 

                                                   2019.10.6

 

 

 

 

 

 

 

恋句というのは書きやすいものなのだろうか。

私は難しいと思っている。だからわざわざ書きたくない。なんだかどうしようもなく、ぼろぼろこぼれ出てしまった。

というような句も過去に書いているけれど、それは仕方が無くこぼれてしまった、のであって、作詞家でもないし、「つくって」まで書くようなものではないという感覚。

 

  告白はしない林檎を二つ買う  蟹口和枝

 

70年代のフォークソングっぽい雰囲気で奥床しさもある。でもって、れっきとした恋句。こういう句を「屈折」の一言で片づける人もいるけれど、これはそんな可愛い句ではない。告白をしないことは意志だし、林檎は二人にひとつずつ。一つを分け合う前提ではない。この句は題詠で出されたもので、お題は「好いたらしい」。題に対して付かず離れずの微妙な距離感。そしてこの場合、果物は林檎でなくてはお話にならない。

 

「好いたらしい」って何なんでしょうか。どうとでも受け取れる題だから、何を題材にしても構わない幅の広さはあるけれど。実はこの題で、恋句を書いて句が抜けているのは約二人くらい。句会によって、カラーというものがあるけれど『川柳・北田辺』はドライですなあ、と改めて感じる。現実にはありえない演歌みたいな恋句が並んでいない、という意味で。

 

 

 

『川柳 びわこ』9月号に前月の近詠鑑賞文を掲載していただく。これはお当番制なので定期的に順番が回ってくる。

 

これを読んで下さった方たちから、感想のお便りをいただいた。どう受け取られているのか、書いた本人にはなかなかわからないので大変有難かった。

反応をいただく、反応を示す、というのは大事なことであるなあと改めて。

 

句を書く動機というのは人それぞれ。きっかけも色々ある。ただ、続けていくのはまた別の話で、これまた人によって事情は異なる。

「句を書きたい」から書くのか、「やむにやまれぬ」気持ちで書いているのか。

底の辺りには「もののあわれ」が横たわっているのだろうけれど、これを感受する力が薄ければ、あとは言葉への偏愛を元に理論武装してでも句を書くということになるだろう。(そこまでしてやるべきことなのかどうなのか)

 

川柳の句会は競技性が強いので、句会自体が趣味となる人が多いのは当然と言える。

 

『川柳 びわこ』を読んでいてしんどくないのは、「ただ、書く。」という姿勢というのか、状態というのか、そういう態度の人が多いからである。これは年齢層が高いことと関係している。

 

  雨は聴くもので緑は吸うもので       北村 幸子

 

  なんなのさゲップバッカリなんなのさ    清水 容子

 

  だいじょうぶ廊下は待っていてくれる    谷口 文

 

  紙コップ ガチャンと割れてみたいなー   竹原 春江

 

  絵本から絵本へもどる歳でんな       河崎 章

 

参りました!といいたくなる句群。いわゆる名句ではないかもしれない。でも流せないものが含まれている。「~でんな」という言い方は、さすがに私の世代では使わない関西ことばのひとつではあるけれど、この句を読んだ時、心の中で「そうでんな。」とお返事したことは事実である。おもしろい。

 

 

 

 

 

 

 

新しい環境で働きだしてはや5か月。

なんとなく、少し、こなれてきた。

不可解なことは色々あるけれど、これまで勤務してきた場所と比較すればどうということもなし。(会社によって独自の法則というのがあるのが普通だから)

私は事務のお仕事というのは、静かに淡々とするほうが効率が良いと思っているけれど、現状は忙しくて雑談している暇もないといったところ。

なので帰りにビルの出入り口で同僚と出くわせば、自然と立ち話などをすることになる。こないだは何故か駅まで歩きつつ、改札の前で2時間も話し込んでしまい、後からどうして店に入らなかったのだろうかと思うのだけれど、成り行き上の立ち話とはこういうものかもしれない。

 

  ガラパゴスここにも居場所なさそうだ   樹萄 らき

  陽炎の存在感に学ぶこと           〃

  サラサラとようにようにが舞っている     〃

 

職場には、いわゆる「就職氷河期」の世代の人が多い。話を聞いていると、知らなかったことが多くて勉強になるなーと感心する。

あらゆる職種に携わってきているし、何でもこなせる。でも正社員登用の話に進むと決まって収入が減ることが前提となる。だから断る。これは昔からよく耳にすることで、本当に不思議。「新卒」って特権階級のように日本では扱われているけれど、同じ組織に長く勤めている人って、非常識な人が多いし、その非常識さがわからない場合が多いんだけど。(人間的に悪いという意味ではなくて)

隣の席の人は「これまでの転職回数が多いから、不利なことが多い」と言う。決して経験値が高いとは言われないのだと。

つまらぬ。

 

                                                     2019.9.15

 

 

 

 

 

灼熱地獄は終わったと思いきや、連日の猛暑でもーうんざり。

あんまり暑いと人は気が変になるのでしょう。おかしなニュースが多過ぎて、真剣にそれら一つ一つを見聞きしていると私まで

発狂、あるいは絶望してしまいそうなので困ってしまう。でも、一言でいえば悪い世の中になってしまったことは間違いない事実。

 

瞬間のことしかわからない。

長い間、流れ者のような状態で社会と関わっているから当然なのかもねと思いながら毎日働いている。

これがおそらく死ぬまで続くのかと思うとそれはそれは絶望的で、65歳とか70歳まで働かなくてはならぬらしいけれど、その頃には

頭も体もぼろぼろだろうから、そこいらで野垂れ死にでもするんじゃないかと思う。

 

ので、多分、第三句集が今月中に完成しそうであることは、数少ない「いいこと」のひとつ。

なにかの案件が前に進む時、驚くような速さで事が運ぶことが稀にあるけれど、今回はその稀なケースだった。

関わって下さった方たちがプロフェッショナルである場合、話は早い。

「いいこと」は、たまにある。人生の不思議。

 

  天国が発見されたとの報せ  柳本々々

 

                                                      2019.9.8

 

 

 

8月は地獄で(私にとって)、9月が始まって何となくほっとしている。(9/1問題というのが報道されているけれど)

この先も、もうパラダイスのような8月を経験することはないのかもしれない。

 

『バウムクーヘンでわたしは眠った』という本が8月に出版された。書店に行けば、買える。

 

春陽堂書店のHPで一年間の連載を柳本々々さんと、イラストレーターの安福望さんでされていて(今は週一回の連載)毎日楽しみに拝見していた。毎日の連載というだけですごいことだと思うのに、オールカラーのかなり素敵な装幀の本という形で仕事の結果が出せた、ということは素晴らしいことであるし、また、川柳作家の本がこういう形で書店に並ぶということ自体、時実新子以来の快挙。

 

この本は売れるだろうから、「川柳」に興味を持つひとの層も広がる。

 

地獄のような8月の終りに、きらきらの光をまとった朗報だった。

ただいま読書中。(まだ読み終えていない)

 

                                

                                                   2019.9.1

 

 

 

 

音楽の聴き方は激変したと思う。

 

子どもの頃はレコードプレーヤーとカセットテープ、ラジオの世界で10代の途中にCDが登場。当初はレコードとの音の違いがかなり話題、問題になっていた。

 

持ち歩くプレーヤーはカセットテープからCDになり、家にはMDコンポがあった。(MDの命は短かった)

 

携帯電話でも音楽を聴くことはできたけれど使用するには気が進まず、家電量販店でアメリカ製のMP3プレーヤーを勧められて購入し、小さくて便利なので重宝していたものの音質が悪く、apple社のiPodshuffleに変更。これも便利だなーと思っていたらば「更新」しているうちにiTunesstoreで購入した曲を同期することが出来なくなり、編集も出来なくなり、appleに問い合わせた所「古いのでもう無理です」という返答。iPhoneの購入を勧められてしまう。私のスマホ、androidなんですけどね・・・。

 

4、5年使ったらもう「古い」のかー。ああ、嫌だわあと思いつつ家電量販店へ。今度はSonyの商品に変更。iTunesstoreで購入した曲も同期できて、楽しく編集作業。音も良い。これも何年持つのかわからないけれど、暫くは通勤のお供として毎日使う。

 

家電の命が短くなって久しい。が、我が家の東芝の扇風機は30年くらい前のものだ。壊れない。数年前まで使っていた掃除機はNationalのもので20年以上使えた。前の家で使っていた洗濯機と冷蔵庫はSANYOのものでどちらも20年以上使用。このくらいの寿命が普通だと思っていたけれど、壊れるように作られているとしか思えない昨今の家電。ちょっとかなしい。

 

                                                    2019.8.18

 

 

 

 

 

東洋陶磁美術館で「フィンランド・ミーツ・ジャパン」。両国の外交関係樹立100周年なのだそう。

これはまあまあ「最近」ということになるのだろう。

極寒の地、というのは大阪人の私にとってかなりの憧れがある。だって湿度、湿気ほとんどがないのよね。暮らすにはもう体がついてゆかないだろうけれど、旅行には行ってみたい。

 

マリメッコのテキスタイルは人気が高いし、ムーミンも日本ではお馴染みだから朝から美術館は盛況。来館者も何となくそれらしいお洒落をした方々が多かった。20年ばかし、「好きな服」を買って身に着けることからやや遠ざかっていたけれど、ぼちぼちまた本当に気に入った服だけを買う生活に戻りたくなってきた。持ち物の数は減るだろうなあ。

 

こんなことを考えてしまう、そんな展覧会だった。

 

阪神大震災で被災した友人の家では、当然のように食器は全部割れてしまって、とりあえずすぐに使えるものを買い直した。

吟味しているような余裕はないから、落ち着いてみれば気に入らないものだらけ。これはじわじわ、ストレスだ。食器問題。

 

本当に手元に置いておきたいものに出会う確率は、そんなに高くはない。

 

                                                 2019.8.12

 

 

京都の伏見へ。

 

なんだかんだで何度か足を運んだことがある伏見。

今回は伏見に行くのが初めての人を案内する感じだったので(そんなに道がわかっているわけでもないけれど)成り行き上、坂本龍馬で有名な「寺田屋」の見学などもしてみた。

 

私は幕末歴史ファンではないので、感動するのがやや難しい施設であった。ただ、思っていた以上に来客者は多く、年齢層は幅広く、この周辺は相変わらず大仏商売ならぬ龍馬商売で成り立っている様子。

 

一体何年ぶりなのかといえば、12年ぶりに訪れたのだった。どうして明確に年数がわかるのかというと、12年前は川柳の吟行をしたからで、その会の会報がきれいに残っているからだ。

峯裕見子さんが講師をされている会に参加させていただいた。

その日、峯さんは佐藤みさ子さんの句集『呼びにゆく』を手売りされており、強く勧められて私も購入した。おととし、何故か佐藤みさ子さんご本人からも一冊いただいたので手元に2冊ある。

いい本だから、私が2冊持っているのはもったいないのだけれど、これはどうにも手放せない。ので2冊本棚に並んでいる。

 

句会報は大事だなあと久しぶりに目を通して実感する。そしてこういう事務作業をして下さる人があちらこちらの会に存在して、句会は成り立っている。

 

蛇苺嫌われながら赤くなる   佐藤憲治

人知れず咲きたいけれど立葵   〃

 

佐藤憲治さんは草花に詳しい方で、この日も歩きながら立葵の話をしたのだった。アルコール依存症の治療をしながら会社勤めをしておられた。この日の吟行は酒蔵の多い伏見だったから、辛かったかもしれない。いつものように、娘さんが一緒に参加されていた。佐藤さんはもうこの世のひとではないけれど、度々思い出す柳人。

 

 たすけてくださいと自分を呼びにゆく  佐藤みさ子

 まだ来ない痛みを待っているような     〃

 

「佐藤さん」たちのことをおもう一日。

 

                                                    2019.8.11

 

 

 

 

 

 

 

 

言うまでもなく猛暑。気のせいではなく、毎年気温は上昇中。

抗う気力も体力もないので、無理せず自然に夏太りしているけれど、もうこれでいいのだと思う。

今日の昼食は和のサラダと甘辛い唐揚げとハイボール。このような組み合わせを「美味しい!」と思うような人間になろうとは。

 

午前中にお墓参りに出掛け、お墓やその周辺の掃除。お盆の墓参はもはや熱中症と隣り合わせの行事である。常々、自分はお墓を持つことはないと決めている。海に散骨だの、人口ダイヤに加工するとか、色々あるらしいけれどもう兎にも角にも皆、要するに墓石の必要性を感じていないのではないだろうか。骨の問題は難しい。最近もロシアから返還された骨のほとんどが日本人の骨ではないとかいう報道があったけれど、じゃあそもそも、わざわざ掘り起こされたその骨、どうすんの、とか、誰の墓をあばいてきたの、とか、考えてみればくらくらするような話。骨には本当に魂が宿っているのだろうか。そうっとしておく、というのも一つの方法だと思うけれど。そういえば骨を洗う風習もあるなあ。ほねもんだい。

 

                                                      2019.8.10

 

 

 

子供の頃は夏の恒例行事として海水浴旅行に毎年出掛けていた。

姫路セントラルパークが開業して間もない頃に、母が「行きたい!」と言い出し、旅行の帰りに寄る予定が、大渋滞で断念。

運転免許は父しか持っていないので仕方なく帰宅。仕方なく、というのは母のみの言い分で、私は後部座席でほとんど寝ていたのであまり記憶がなく、しかもそんなに行きたいとは思っていなかった。あれから35年。

突然のように母が「私は姫路セントラルパークにまだ行ったことがない」「檻の車に乗りたい」などと言い出した。

私がすっかり忘却していたことを言い出したのでちょっと驚いたけれど、それならさっさと行きましょう。ということになった。

 

檻の車で園内を見学したり、カバに餌をあげてみたり、ライオンにびびってしまったり。昼過ぎにはほとんどの動物がお昼寝状態に入り、いずれもお腹をあけっぴろげに見せた態勢でぐーぐー寝ているので、余程ここは住環境が良いのではないかと思った。

ライオンはご機嫌ななめだったけど。カバもたまに飼育員さんを追いかけ回すこともあるらしいけど。(時速40km出せるとのこと)遊園地エリアで大きな観覧車に乗る。母は「あなたが子供の頃に来たかったなあ。」と言いつつ、とても満足した様子。私は今のほうが昔よりも楽しめたように思う。実際、楽しかった。遊園地で食べるソフトクリームは美味しい。最近のコーンはかたくてしっかりした甘さの焼き菓子みたいで、全部食べ切ることはできなかった。昔の軽いタイプってもう製造していないのだろうか。

 

 

姫路駅で電車の発車を待っていると、車内にさっと赤い服の女性が乗ってきた。「新子先生じゃない?」と思って「あ、ご挨拶しなきゃ」と思ってじっと見つめて数秒、人違いだとわかる。数秒間のことだけど、私は先生のお別れの会に参加してお墓参りに行ったのに、どうしてこんな勘違いをするものなのか。おかしいな。おかしいけれど、ここは姫路なのだから、こんなこともあるか。

 

 

                                                      2019.7.27

 

先日、いとこが子供を連れて家に遊びに来た。三歳の女児。赤ちゃんの頃に会って以来。やさしい泣き声の赤子であったなあと思い出す。

 

叔母の家族は昔、近所で暮らしていたから毎日のように顔を合わせていた。叔母とその娘はよく似ており、その娘が産んだ子供はまたその親に瓜二つだ。コピーが着々と出現しておることよ、と感心しつつ子供の顔を眺める。

 

よく喋る子供で、いちいち何故自分はこう思うか、こうするのか、を一生懸命説明する。まだ子供だから本当に自分の意見を述べているというよりは、親の受け売りなのかもしれない。

 

いぬもねこもいらない。きらきらおほしさまになっちゃうから。

がっこうにいくまえにほんをよんでこまらないようにしておくの。

しんごうがないから、くるまがきていないから、どうろをわたってもいいの。

この発言にはおばあさんである叔母が「そんなん駄目!」とダメだしをしていた。

駅前のタピオカを売るお店にはいつも女の子たちが行列をしている。その行列を見て、何を売っているかわかっていないのに「ならぶ」と言って並び、タピオカを「おいしい」と味わって帰って行った。

 

 

 

 

 

大阪西区のondギャラリーで山口法子さんの個展。

 

Twitterで作品を知った作家さんで、実物を見ることができる機会がやって来たので出掛ける。ギャラリーは勤務先から近い。

ちょうど作家さんがいる期間だったので、お声掛けさせていただく。

 

絵は、やっぱり実物を見るのが一番良く、印象も違う。作品はどれもとても素敵だった。現実には無い世界を表出させることに対しての誠実さを感じる。

 

暫く日をおいて今度は神戸ゆかりの美術館でヒグチユウコ展を観に行く。とても懐かしい世界がそこにはあった。その世界は現実社会には存在しない。こちらも前述の個展同様、ないものをあることにしてしまう行為に対する真摯さを感じた。

 

私は絵描きと呼ばれるひとたちのことを尊敬する。

 

 

 

 

 

 

七夕。

 

枚方市から交野市にかけて「あまのがわ」という川があるくらいで、七夕伝説の街でもある。(引っ越してから知ったけど)

川の多い街で、橋にも風情のある名前が色々つけられている。

 

けれど、やっぱり、何と言っても、菊人形。ことあるごとに駅に展示される。私は面白くてどうしても無視できない。この人形の顔は二体とも、昔の映画俳優さんによく似ているところも気になる。

駅は無印良品デザインでスタイリッシュに変貌したけれど、こういうものがきちんと継承されていくところは素敵。

 

何かが余ってる少し濡れている   笠川嘉一

 

もうすぐ消費税が上がるせいなのか、これまでもやっていたのかよくわからないけれど今年に入って何かと「無料お試し」に出会う。ジム、料理教室、ハンドクリーム一本プレゼント、等々。私が世間のことに疎いだけだったのかしら。(ハンドクリームはなかなかいいものだった)

 

ジムの体力測定結果に衝撃を受けたものの、ほとんど通うことが出来ない営業日と時間設定。けれどこのまま体力の低下を放置しておくわけにもゆかず、結局ほかのヨガスタジオに入会して通っている。一か月で予想以上に体調が良くなった。これで筋力も上がればいいなと思う。料理教室はこれまた新たな発見があり、何故ああいう場所に人が集まるのかようやく納得。通う気にはなれなかったけれど、苦手な揚げ物、魚をさばくこと、についてはプロに教わってみたい。など他にもやってみたいことが沢山あることに気付く。「無料」ってすごい。意識してこなかった「やりたいこと」が浮上してくる。

 

  葉っぱにしずくちゃんと生きよう   高野久美子

 

けれど最近の「無料」で最も警戒し、登録しなかったのが「○○pay」で、「△月△日までに登録すると1000円プレゼント!」というやつ。何かムカつく。のであった。そしてちょっと前の大手コンビニの情報漏洩と被害のニュースで、社長の記者会見が最低過ぎて驚く。あんな人たちが運営しているだなんて、恐ろしいにもほどがある。「おにぎり一個が無料」につられた人たちのことを、馬鹿にする気持ちには全然なれないけれど。

 

  見つめるとふっと息する毒キノコ    今井和子

 

                                                    2019.7.7

 

 

 

 

 

 

 

 

大阪市内でサミットがあったので、数日間の交通規制。

 

勤務先はちょうど高速道路をほんの少し見下ろす階層で、会社の真横のホテルにもどうも要人が宿泊の様子。ということで、全国各地の警察官が大勢いた。

高速道路に一台も車が走っていない光景はもう二度とない。という理由でがらがらの道路の写真を撮っている人も多数。勤務時間内に一度だけ、中国の国旗を付けた車が数えきれないほどの台数走り抜けていった。

 

帰りの電車に乗る辺りでは「どこの国の誰がどこのホテルに宿泊しているらしい」などの話題で会社員らしき人達が盛り上がっていた。非日常は楽しむのが一番いいかもしれない。実際にはぴりぴりした空気を出している警察官や警備員がそこかしこにいて、物々しい状態だったのだけれど。

 

  マイナンバー私は私がわからない  加藤久子

  天皇になる上皇になる雲になる   都築裕孝

  空き箱があると入りたくなるのです 広瀬ちえみ

 

この三句はどれも五月句会の「雑詠」に提出された句。時事吟の範疇に入るかと思われる。ゆるりと生活してゆくことはなかなか叶わない。様々なシステムが変化して便利になる面もあるけれど、大昔から変わらない体と心が置き去りにされていくような虚しさもあって、空き箱に逃げ込みたくもなる。

 

  初夏ですか折れてしまった腕ですか  石田都

 

「初夏」はかくかくしている部分が多い字面で、ぽきぽき分解できそう。ぼきっ。

 

  この石を捨てるとわたしは寒くなる  鈴木せつ子

 

こんな石を誰でもひとつくらいは持っているだろう。重いのか軽いのか。大きいのか小さいのか。持ち続けることは嬉しいよりもしんどさが勝つものかもしれない。今日で今年も半分過ぎた。早く来年になってしまえばいいのにと毎年思う。

 

                                                  2019.6.30

 

 

 

                                       

 

 

『垂人』という文芸誌には川柳、俳句、短歌、詩などが掲載されている。

軽やかな作品が多く、読みやすい。類は友を呼ぶということなのだろうか。

 

川柳では広瀬ちえみさん、高橋かづきさんの句を読むことができる。お二人ともことばの遊びが上手いので、思わず「うふふ」と笑ってしまう句も。

 

  どっこいしょよっこら商会開店         高橋かづき

  夏漂白 秋漂泊冬表白               〃

  それがしそれゆえそれではそれとなくそぞろ     〃

 

個人的にかなりウケた。こういう句はただの悪ふざけだけでは書けない。何故だか知らないけれど、妙な感じで辻褄が合っているのだから。

 

会員の方々も楽しい遊びがお好きであるらしく、「二字の句会」について報告されているページがあって、その場に居れば笑いが止まらないのではないかと思った。

ある句の二文字だけ変えて句を作る趣向なのだそう。

 

  あいつとは石のことなり冬ざるる   ますだかも

  たいつとは絹のことなり冬ざるる  鈴木純一

 

  寒波くる球根力を持っている     広瀬ちえみ

  軟派くる球根力を持っている     松本光雄

 

この句会がきっかけで川柳の句会をまた別の日にやってみた、とある。参加者の感想が短く掲載されているのだけれど、書き手の好奇心の有り様がとても純粋で、読んでいるだけの私も共感できた。文中に、このような会は何の役にも立たないが、俳諧心を育てることに繋がるであろう旨が書かれており、本当にそうだろうなと思う。

 

昨日はびわこ番傘川柳社の彦根での句会に出席した。席題選者の当番で、「浮世絵」という題を出してみた。どんな句を読むことができるか楽しみにして。難しい題だったかしらと思ったけれど、こんなに人間臭い句が書けるものなんだな、と驚くような着眼点の句が何句もあって、出題者の私が一番楽しんでしまった。

 

 

                                                    2019.6.23

 

 

 

  

かなりの晴女なので、出掛ける予定がある時にどしゃ降り。ということは少ない。(会社帰りに降っていることはある)

今日は雨の日なのかと思いきや、どうも降りそうもなく、実際に夕方まで大丈夫だった。午前は藤森神社のあじさい祭りへ行き、午後は山田池公園の菖蒲を見物。久しぶりに懐かしい雨の匂いを嗅ぐ。雷の音が鳴って、こわいなあと思いつつ、六月をしっかり味わう。薄曇りの日は花の見え方がやわらかくて美しい。

 

                                                2019.6.15

 

年金がきちんともらえない、ということは20年前から話題になっていたこと。当時から、自分の払っている年金は今、受給している老人が受け取る為の財源に使われているのだと知っていた。

だから年金なんか、払いたくもなかったけれど給与から引かれてゆくものを止める術などないわけで。

 

などということはもはや真剣に考えたくもなく、真面目に考えれば考える程腹立たしく、怒っている時間自体がもったいなく、もうどうでもいいや、と思う。のが政府の思う壺なわけなのよねえ。

 

むかつく。ことこそがむかつく。ので、あるけれど私の受け取り予定額、低すぎてあんなんじゃ野垂れ死にするしかない。要するに、税金払ったらさっさとくたばりやがれ、と言われているに等しい。国から。やっぱり、人権なんか、日本にはない。

 

                                                  2019.6.8

 

 

 

人間はなまものだから、気配を出したり、匂いを出したり、目に見えないものを色々発してしまう。

 

現在の直属の上司はとてもわかりやすい人で、あまりこちらが悩まなくてすむ人柄。つまり独り言が大きく、機嫌の良し悪しもはっきりしていて(他人に八つ当たりなど決してしないけれど)隣にデスクのある私にはあらゆる気配がダイレクトに伝わる。当方はある程度流せる。

けれどある日、がらっとその気配を変化させた日があった。匂いも違っていて、これは一体何なんだろう。一見、とても穏やかに見えるけれど、何か違う。得体の知れないものが漂っている。という一日があった。

 

簡単な言葉を当てはめれば、それは私にとって「なんだかこわい」感じであったとしか表現できない。そしてそれは「死」を意味していたことを後でご本人に説明されたのだった。上司はおそらく私と同年齢くらいと見受けられる。年下かもしれない。そして既に一度、癌で闘病したことがあって、また再発している可能性があるのだそうだ。「だから次の金曜日は検査で休みだよ。」と言っていた。そうか、と思った。私はこういう「虚無」を知っていたじゃないかと思い出す。私のことではないけれど。何度か嗅いだことのある匂いと気配。

 

                                                     2019.6.2

 

 

 

 

 

久しぶりに有馬温泉へ。青もみじがきれいな時期で、昨日も今日も30度越えなのだけれども、不思議と温泉に入ったり出たりしていると、あまり暑さを感じない。不快指数が下がる感覚。

 

有馬は大阪の中心部から、高速バスが出ているので楽に、すぐ行ける。温泉宿というのは非日常の演出が見事なので、気分転換にはもってこい。しかも外国人観光客がかなり増えているから、帰りのバスを待つ間の時間、異国情緒にまみれる。

 

炭酸煎餅は相変わらず美味しい。

 

                             2019.5.26

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『スヌーピーミュージアム展』へ行く。

 

原画を見るのが目当て。予想通り来場者はたくさんで、原画が撮影OK。サザエさん同様、スヌーピーがスヌーピーとなるには様々な変化とそれなりの時間があって、最初、ただの犬からスタートしている。最も驚いたのはウッドストックの原型が本当に普通に鳥であったこと。(まあ、考えてみれば当然なのだけれど。)原画はとっても素敵で迫力がある。

 

3歳くらいから私にはスヌーピーのぬいぐるみが与えられていて、今も部屋にある。母が大切に服を作ってやったり、洗ってやったりしていたおかげであまり傷んでいない。幼児の頃、アメリカの薄っぺらい雑誌のようなものにスヌーピーの漫画が掲載されていて、父が読みなさいと言って手渡してくれたけれども、英語ばっかりでよく意味がわからなかった。

 

中学生になって、やっと学校の図書室にある日本語訳の本を手にとって読んでみた。訳者は谷川俊太郎。今読めば、素晴らしい翻訳であることがわかるのだけれども、私にはどうも早かったようであまり感動した覚えがない。でも今回改めて原画と同時に書かれた言葉の数々を目にして、不覚にも何度も会場内で泣きそうになってしまった。本当に大事なことは、圧倒的にシンプルに表現され得る。子供の頃にわからなかったことがわかるようになるのは、いいことでもあるし、少しかなしいことかもしれない。

 

そして今日はミュージアムグッズなんか買わないんだから、と思っていたのにまんまといっぱい買い物をしてしまったのだった。

 

                   

                                                    2019.5.19

 

中之島は薔薇の季節で、通勤の行き帰りに花を眺めるのが楽しみ。

 

薔薇には様々な名前が付けられていて、プレートを見るのも面白い。今のお気に入りは「うらら」という濃いピンク色の薔薇。植物は光を求めるから、川の方向に向かって咲いてゆこうとしている。手入れしている側としては、歩道の方に向いてほしいところだろうなあと思いながら、植物の正直さを愛でる。

 

川には魚もいる。時たま魚が跳ねているけれど水鳥の餌になっているらしく、鳥は川面をじっと見つめて微動だにしない。鳥の背中は大きいなあとどきどきしながら、私はその鳥を見つめて写真を撮ったり。

 

川沿いの道は美しい景色ばかりではなく、ホームレスのおじさんがいたり(一人か二人くらいしか見たことはないけれど)、朝から頭を抱えてベンチに座り込んでる男の人がいたり、どう見ても誰かが(カラスではなく)投げ飛ばし、撒き散らしたとしか思えない様子で不思議なごみが散乱していたりすることもある。そういう歩道で、彫刻作品や、薔薇や、樹木や、高価そうな犬や、通勤する人達とすれ違う。次の交差点に到着すると、車と人間の川が絶えず大量に流れている。

 

どうしようもない姿。を世間に晒してしまうのが男の人の方が多い、のは昔からなのだろう。女の人とは身の危険度数の違いというものがあるから。ベンチでひっくり返っているおじさんを見ると、ああいう真似は出来ないな、何故なら危なすぎる。と思う。ああいう無防備さがまかり通るのは日本だけなのかもしれないけれど。

 

久しぶりにおじさん達に囲まれて(とはいえ全体的には女性が多い)仕事をしてみると、色々気付くことがある。

人間って興味深い生き物であるなあと思いつつ、まだまだ覚えることが多いのであっという間に終業時刻になってしまう。

 

                                                2019.5.18

 

 

 

 

暑い。まだ5月なのにすでに夏。

 

新しいことを覚えることは面白いことなので、会社の仕事は面白い。慣れなくて困ってしまうことも色々あるけれど、あろうことか

仕事が楽しい。なんてことだろうと思う。直属の上司がかなり気をつかう人で、部下に毎週金曜日にお菓子やアイスを御馳走してくれる。この人が上司の間だけのこととはいえ、ハーゲンダッツのアイスは美味しいのであーる。

 

第三句集の句稿はすでに完成していて、その他の作業に取り組んでいる。私は不器用な人間だから、いっぺんに沢山の事柄を処理することが出来ない。転職して、新しい仕事に取り組んで、家のことをやって、句集の作業をしているだけでもうかなりいっぱいいっぱい。日常の些末事というのは積み上がると後が大変だから、放ってはおけない。で、しばらく句作から離れている。『川柳びわこ』の同人なので、何とか少しは句を書くことが繋がっているという状況。

 

先日、久しぶりに句会に参加させていただいた。気の抜けた状態で句を久しぶりに書いてみた。するする書けた。句を書くことは、相変わらず面白かった。こういう、ぼんやりした気楽な感じで句を書いてゆくのもいいなあと思う。

 

『川柳の仲間 旬』2019年5月号を読む。

 

  人間の溶ける形に雪のこる

  春どこかで誰かが玉手箱を開けた

  首が音を上げる頭のおもたさで

  キャッシュレス決済 桜散りなさい     大川博幸

 

大川博幸さんの『春』という題の連作。この連作にちなんだ短いエッセイも掲載されている。北国のひとは春に対しての感覚が、関西の人間よりも、もっと鋭敏だ。「春はさびしい季節である。」という書き出しで、「風邪をひかないように気をつけなきゃ。」という一文で締めくくられている。素直に句を書く、ということを改めて考えてみたくなる句群でした。

 

                 

                                                    2019.5.12

 

 

 

 

 

今年の連休はこんな感じ。←

 

昭和天皇の時とは大違い。井上陽水が「お元気ですか~?」と言うCMは批判を受けて音声が消されていたことをまだ覚えている。崩御の日には、友達に「ミナミに行かない?」と誘われて断って自宅にいた。繁華街のネオンは一斉に消され、心斎橋は真っ暗だったそうだ。

 

今回のようなお祭り騒ぎは私にとってはちょっとした驚きだった。

 

非正規で働く身にとってはただ、収入がなくなることしか意味しない。

 

 

                                   2019.5.6

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

近所の図書館では、古くなった本、動かない本などを<リサイクル図書>という棚に置いて、簡単な手続きで来館者に放出している。タダなので、時々チェックする。

 

先日は1985年刊行の『日本の恋歌』というシリーズものの第一巻を持ち帰ってみた。

発行が㈱作品社。監修は谷川俊太郎。34年前だからこの頃はまだ昭和で、私は中学生。

きっちり透明なテープで保護されていたので、全体があまり傷んではいない。

 

内容は和歌、短歌、俳句、詩、歌謡曲の詞、で構成されている。冒頭の谷川俊太郎のエッセイが秀逸。 歌謡曲などはさすがに知らない歌がけっこう多い。

企画としては面白い本。レイアウトも凝っているし、中の字の色は全部、紺色。

いかにも80年代的だなあー。と思う。

 

中でも阪田寛夫の「葉月」という詩が最も印象的で、今度はこの人の本を読もう。と、芋づる式に興味が湧くのがアンソロジー本のいいところ。

 

 

                           2019.5.4

 

 

 

 

 

 

 

                             

飼っていた生き物が亡くなるのは初めてではないけれど、去年見送った犬は一番長生きした生き物だったのでこれまで以上に感情移入しており。

 

遺骨は暫く家に置いていた。寝る時に枕許に置いてみたり(よく一緒に寝ていたから)、時々骨壺を抱いてみたり、していた。

 

人間に事が起これば、犬の遺骨はただのゴミとして扱われて処分されてしまう。だからきちんと動物霊園に納骨しておかねば、ということで予約をして霊園へ出掛ける。合同供養の日で、沢山の人がお参りに来たり、納骨したりしていた。お坊さんにお経をあげてもらう。

初めて骨壺の中味を見た。飼い主が自分で骨を収めるのだけれど、ちょっと焦げた色が所々付いた骨は、撫でてみれば生きていた時と同じ形で、何度も撫でていたおでこ。久しぶりに頭部を触っていたらかなしくなってしまって、さびしくなってしまって、もう泣いたりしない、と思っていたのに泣いてしまった。

 

骨の威力はすごいのだなと気付く。

 

その後は母と食事に出掛けお互い食べたいものを食べ、買い物にゆき、本や傘を手に入れ、なんだかわからないけど和菓子や洋菓子やパンなどを次々購入し、帰宅してからケーキをいただき、苺とバナナとクリームたっぷりのクロワッサンサンドをかじり、ちまきを一口。さすがにお腹が苦しくなって、馬鹿みたいだ、でもこんな日があってもいいんだ、ということにする。

 

                                                   2019.4.28

 

 

 

 

 

新しい職場に慣れてきたなあ、というタイミングで連休。

いいんだか悪いんだか。ただ今年は例年通りに夏季休暇をとることは多分ないので、今年唯一の長期休暇ということになる。だから有難いと言えば有難い。 仕事はざっくりと把握できたのでちょっと安心。働く環境は以前と比較して、とても良い。

 

『はがきハイク』第20号が届く。

 

  魚の耳すすいで春の水となる  笠井亞子

  

  大田区にあるもつちりとした部分   西原天気

  たぶん春うどんのごとく眠りこけ    〃

 

短詩の世界のいいところは、自由であること。自由に書いて、気楽に読んで構わないところ。

軽やかな春である。私にとっても、幸い今年の春は軽かった。(まだ花粉が飛んでいるから終わってないけど。)

去年の春は重かったことなどが後頭部に微かによぎる。よぎって、通り過ぎて行く。

 

うどんのように。

 

 

                                                  2019.4.27

 

 

 

 

 

 

 

退職の際、同僚の方がアーティカルフラワーを作って下さった。毎朝、お花に向かってなんとなく挨拶したりしている。

 

先週は間を置かず転職した私を気遣って、ちょこちょこメールを下さる人達がいた。有り難いことと感謝。

 

新しい職場は規模が前より小さいので、その分色々行き届いている。最初のうちは暫く研修期間。職場が違えば細かいルールなども違う。社内のシステムも全く違うし、上司及び会社全体の考え方がまるで違うので、その辺を理解することが必要なわけだけれども、同じ環境に居続けるとどうしても「飼い慣らされ感」が染みつくものだなあと改めて感じる。

労働することは決して嫌いではない。むしろ、出来る限りはずっとやるべきだと思う。ただ問題はその環境。

 

転職先へ行くにはこれまでと同じ駅で下車して、違う出口から違う方向へ歩く。簡単に説明すれば一つ筋が違うだけの位置。それでも角度が変わると見える景色はまるで別物で、「世界は広くて、私はほんのわずかな部分しか知らないでいる」という事実を日々考える。

 

                                                      2019.4.21

 

 

 

 

 

建築家の藤井厚二が昭和5年に建てた木造二階建て住宅の見学会に参加する。

以前大山崎の聴竹居の見学をしていたので、同じく合理的なつくりに感心しつつ、説明を伺いながら見て回る。

300坪の敷地内には新しい別の家があって、そこで現在の当主がお住まい。基本的に個人の持ち物なので、撮影した写真はアップできないけれど。(購入当初は400坪だったとのこと。)

女中さんを置くのが前提のお宅なので、最近の戸建て住宅とはまるで動線は違うけれど機能的で、通気性に優れている、窓の大きな明るいお家。

 

私はお手伝いさんを雇うような身分ではないので、掃除が楽な平屋やマンションがいいと思っている。日当たりが良ければなお良し。そして木造が好み。

 

寝屋川市の香里園という土地のことは何も知らないのだけれど、今日訪れた一帯が「淀見ケ丘」とかつて呼ばれ、淀川が見渡せたという説明には時間の流れを感じた。いい呼び名。今は高層マンションが多く、もう何も見えない。

 

90年近く前に建てられた家に今でも見学者がやって来たり、傷んだところを補修しながら研究する人達がいたり、素敵な事と思う。

 

                                                 2019.4.14

 

 

 

 

 

 

 約13年、勤務していた会社を昨日辞めた。今まで働いた中では一番長くいたことになる。

 その前は10年で、中小企業の数人の部署で、辞める時私はお菓子を配り、夜に送別会をしていただいて、大きな花束をいただいたりした。いたって普通。

 これまでいた会社はあまりにも人数が多く、いわゆる「関西のおばちゃん」だらけで、いちいち全てが大袈裟で、面倒くさいのだった。特に親しくなくとも誰かが退職する時のみならず、ご家族に不幸があればお悔やみの品をおくり、おめでた事があれば、お祝いの品を贈り、何だか親切なような、迷惑なような、習慣。

 それで「お餞別の類は辞退します。」と事前に表明していたのだけれど、これが仇となった。というか、「おばちゃん」はこういうことを、決してゆるさないのだということを思い知ったのだった。

 結果として、私はなんだかんだで夜の食事を御馳走になり、また別の日にはお昼御飯を御馳走になり、色んな人から抜き打ち的にプレゼントを沢山いただき、全然、お餞別の辞退など無効であった。びっくり。うっへー。

 慣例、というものの強力さを実感してしまった。当然のことながら、去ってゆく立場の私はお菓子を抱えて最終日にあちらこちらへご挨拶した。「おばちゃん」から見れば年齢的にオバサンの私はまだ若いのだそうだ。なんじゃそら。

 

 仕事のやり方も、雇用のされ方も、とても変化が激しかった。様々な立場の女の人が沢山いる職場で、”おんなのひとであること”

について、考えさせられることが多かった。おばちゃん世界の善意と悪意と承認欲求。

 

 

                                                2019.4.13

 

 

 

 

 

 

 

 

今週末で現在の勤務先との契約終了。色んな種類の休暇が残っているので、本日一日くらいは使わせていただく。(この先しばらくの間は有給休暇というものは無い。)

 

幸いお天気に恵まれた一日を過ごす。

大阪市立美術館にて『フェルメール展』。前回も、といっても随分前ではあるけれど、同じ美術館でフェルメールの絵を見たことがある。その時も平日に休暇を取って、朝から観に出掛けた。

今回は6点で前回より数が多い、とはいえ『~展』と銘打つには少ないわけで、会場の前半は正直言ってかなりどうでもいい感じの絵画が並び、おじいさんが係員に「一体どこにフェルメールの絵があるんですか?」と尋ねていた。

 

日本初上陸、ということでチラシの全面に印刷されているのが「取り持ち女」。時代背景やら詳細を知れば面白いかもしれないけれど、ただの酔ったおじさんに若い女が乳を揉まれている図で、男からお金を受け取る瞬間の光景。

全然、つまんない。今見れば、別にスキャンダラスでもないし。会場にいたおばあさんたちも「これ、他人におすすめしにくいチラシやなあ」とぼやき。

 

他の初期作品以外の4点はとても素晴らしく見応えがあって、会場内は行ったり来たりしてもよい、とのことだったので、3度見くらいは、した。この4点だけでも、来場した値打ちは充分あった。フェルメールの晩年(早死にだから実際にはまだ若かった)の作品と、その約5年前の作品では全く描き方が違うので、別の作者だと言われれば信じてしまうかもしれない。絵の中の光の柔らかさは、障子を通した光に似ていて、全く日本人好み。

 

昔の展覧会の目玉は「真珠の耳飾りの少女」。朝いちばんに入場したからほとんど独り占め状態で眺めていた。これまで眺めてきた沢山の絵画の中で、最も美しい一枚だと今でも思う。何故か会場入り口には宮本武蔵の描いた絵が展示されていて、不思議に思ったことを覚えている。あの時に働いていた会社と、今の勤務先は違う。展覧会の後、友人に会ってそこの犬の散歩に付き合ったのだった。その犬も、もういない。私は来週には今の会社にはいない。

 

                                                2019.4.9

 

 

 

 

 

今年のお花見は金曜日の夕刻から日曜日まで三日間。

大阪市内の靭公園、京都府八幡市の背割堤、大阪府枚方市の牧野、山田池公園。桜を見るためだけに生きているかのような気分になる。そして勿論

、それでもいいのだと思う。

 

                       

                         2019.4.7

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

近所の桜はまだ三分咲き。天気は良くても風が強く、まあまあ

寒い。満開はまだ少し先。

 

休日には時折、某宗教団体の人達が広報活動で玄関先にやって来る。どの街に引っ越ししても、こういう人達が訪問してこなかった地域は無い。考えてみればすごいことではある。

昨日やって来たおばあさん(80歳代くらい)は、うっかり玄関を開けてしまった私にiPadを見せ、「ぜひお目にかけたい動画があるのです。」と仰る。丁重にお断りする。冊子も辞退。しかし、昔と違ってその冊子は薄い一枚のチラシに変わっていた。そうか、時代は変わったのだなあと実感する。コストカット。わかりやすさ。

 

母の希望で家から一番近い葬儀社へ行く。色々なプランを教えていただき、会場の見学。私は昭和生まれなので、いわゆるオーソドックスな葬儀を知っている。遠縁のおじいさんが亡くなるところを、ご自宅で立ちあわせていただいたこともある。家で行う葬儀、葬儀社で行うこと、宗教性を一切排除するパターン。色々あるけれど、母の考えと私の考えをある程度擦り合わせておくことも大事なので、有意義なことだった。

 

変化することは当然の流れとはいえ、スピードがどんどん速くなっているなあと思う。もしかするとこれまでが遅すぎたのかもしれないけれど。私の勝手な予想は、定年が65歳にのびる、あるいは70歳まで働くことが普通になること。そして介護の現場から人間が減ること。私がもしも長生きしてしまって体が不自由になったら、ロボットのお世話になるのではないか。むしろ、会いたい。ロボット。変化を面白がりつつ。

 

  また今年タンポポとして生きる町   三塚まゆみ

 

                                                  2019.3.31

 

 

 

 

 

 

 

 昨日は夕方から時間の余裕ができたので、柳誌を二冊読んでいた。最近は残念ながら集中して読書をするのが難しいので、久しぶりの、読む行為。

 少しずつ、読書の時間をまた増やせるとは思うのだけれど。(読んでない本が増えてくるとうっすらかなしくなる。)気分転換に絵本を読んだりしている。絵本の世界はいつでも素敵で、短時間で気晴らしができるところがいい。

 

 短時間、といえば短詩だってすぐに読み流しできそうな気がするけれど、自分が書く人であるせいか、やっぱり読むのに時間がかかる。

 

 『川柳 びわこ』の3月号を読む。

 

  減る音と平らにという音を聞く  竹内歌子

  春の色使わず春になりなさい   月波与生

  水の無い川が流れている背骨   佐藤正昭

 

共通しているのは「喪失」であるなあと思う。失うことはまだ、私にとってはかなしいことばかりを意味しない。また新しいものを受け入れることが可能だから。そしてこの三句にも、かすかな明るさが宿っている。

 

 『川柳 スパイラル』5号

 

読み物のページが多いのが楽しみな柳誌で、今号は飯島章友さんと新木マコトさんが歌人の萩原慎一郎さんについて対談されていて、とても内容が良かった。萩原さんへの愛を感じました。

 

  その鬼は鬼ヶ島から逃げ延びて

  そーめんよ残り少ない前略よ

  意識から無意識へ行く柿の種    石田柊馬

 

 転職前でばたばたしているせいか、とても心に残った石田柊馬さんの連作。連作のタイトルは「逃げ延びて」。現実社会で逃げ延びるということは言い換えれば、運がいい、とか先読みの力がある、ということになる。何から逃げるのかが問題ではあるけれど、死ぬことからは誰も逃げることはできない。

 

 人数の多い会社だから、とは言え今年は鬱病で退社する人がとても多かった。鬱病で復帰する人は極端に少ない。そして私が退職することを上司に伝えた数日後にチーム内の正社員の一人が心の病で突然お休み。診断書が出て長期休暇に入った。いつも冷静で淡々とした方だっただけに、すぐ近くにいた人達は動揺してしまい、上司も人員の手配で大変そうではあった。

 

 石田柊馬の書く「残り少ない」と、私の持つ感覚としての「残り少ない」は随分、中味が違うだろうけれど、社会生活は「そーめん」みたいでもあるな、と考えれば何も恐れることはないし、鬼ヶ島だってひとつではない。みんなが鬼なら私も鬼。

 

                           

                                                    2019.3.24

 

 

 

 

 

 

 

 

  マジックアワー粛清は始まっている   笹田かなえ

 

 来月、現在の勤務先を退職して別の会社に転職することになった。新しい仕事をするにあたって準備しなければならないこともあるけれど、ぎりぎりまで出社してほしいとのことで、話し合いの結果、引継ぎのことも含めて有休消化はなしで出勤する。

 このことは別に自分としては構わない。問題なのは退社の挨拶や、お餞別の類のこと。

 長い間勤務しているうえに大人数(ワンフロアに300人以上が在籍している)の部署なので、ほんの少しの関わりを持っただけの人達は、軽く100人は超える。きちんと仕事上、或いは個人的に関わりが深い人は大体20人程。

 この先もつきあいが続くであろう人達とは今後も顔をあわせるわけだから、それはそれとしてその他の人達には、自分のことなどさっさと忘れていただいて全然構わない。こそっと消えようと思う。だから「お餞別の類は辞退します。」と何人かに伝えたのだけれど、どうもこの言葉が正しく伝わらないので困っている。「遠慮とかしてません。本当にやめてほしい。」とまではさすがに言いにくい。

 過去に、やり過ぎと言っていいくらい各人に豪華な贈り物を渡して去っていった人がいる。皆は「あの人は、盛大に送り出してほしいからあそこまで大袈裟なことをやっているのよ」と言っていて、確かにそうだったのかもしれない。そんなに頑張らなくても、じゅうぶんインパクトの強い人柄だったから、「誰もあなたを簡単に忘れたりしないですよ」と言ってあげたほうがよかったのかもしれないし、自己満足の為だったのかもしれない。

 

                                                     2019.3.18

 

 

 

 

 

 

 

 

 Twitter上でも告知されているのですが、「筒井祥文を偲ぶ会」が来月4月20日の土曜日に催されるそうです。

 

 場所:スタジオなつメロふるさと

    〒602-8148

    京都府京都市上京区丸太町通堀川西入北側 京都二条ハイツ地下一階(ファミリーマートの地下だそうです)

 時間:14時から

 会費:6000円(故人の句集制作費用を含む、とのことです)

 

 参加希望の方は事前に「川柳 北田辺」主宰のくんじろうさんへ連絡要。

 

 私はこの日は参加ができないのですが、御香典の気持ちで会費をおさめさせていただくことにしました。

 盛会になることを祈念しつつ。

 

                                                     2019.3.10

 

 

 

 

  庭下駄ふめばからくりと晴れわたる  筒井祥文

 

 『川柳結社ふらすこてん』を昨年に解散された筒井祥文さんが逝去されたとのこと。実際には、ほとんどお付き合いなどなかったのにもかかわらず、お世話になった気持ちがあるということは、やっぱりお世話になったのだな、と思う。こういうのを人徳というのだろうか。とにかく、川柳を書く人間なら誰でも受け入れる懐の深さがあった。

 

 句集の感想がとても丁寧で、これはどなたに対してもやり続けておられたのではないかと推察されるのだけれども、一句一句、きちんと読み込んで下さっていた。印象的なのが拙句集『ひよこ』に対する感想文。ベスト10なども書いてあって、それが意外な程にいわゆる伝統川柳系の句ばかりチョイスされていたこと。

 

 同じことの繰り返しに進歩はないし、同じ環境でぐるぐるしてばかりいては腐ってしまうし、短詩の世界にも、鮮度を保つ為の努力というのは必要なこと。おそらくそういったことにとても敏感な方だったのではないかと思われる一方、とっても「保守」でもあったのだなということが、いただいた感想文からよくわかる。私の祥文さんの印象は「典型的な京都人」。

 

 筒井祥文さん選の句。『ひよこ』から。(  )は祥文さんの評。

 

  何一つ手に入らないウィンドー   (上手い伝統句。こういう句もお大事に)

  まんなかにふやけたうどんでんとある  (「ふやけたうどん」はもう如何ともしがたいこと)

  こうなるとかばいあうしかない二人  (いろいろなストーリーが展開できます)

  きれいにも無残にもなれ赤い花    (啖呵の句)

  運命が変わるテレビを見てしまう   (なきにしもあらず)

  幸せで布をひらひらさせている    (そしてこのバカバカしさもよい)

  待ちぼうけ王子も王になったろう   (この誇張はよい。永い時間)

  繰り返し汚れた壁に照るライト    (これが現実の社会というもの)

  死にました焼いておいたらいいですか  (あっけらかんと面白い)

  買い物の後ろめたさの紙袋       (微妙な心理を突きました)

 

 

 最初、これらの選句を読んだ時にはかなり驚いたのでした。なぜか特に「王子」の句にはひっかかりがあったようで、別の時にいただいたお手紙の中にもこの句のことが書かれていたことがあります。しかしながらこの短いコメントがいっぱい書いてある感想文、他にも思い出す方がいるのでした。それは師である時実新子。筒井祥文さんの細やかさ、あたたかさは、そっくり新子先生と同じでした。その熱は、ひたすら川柳を愛する熱であったところも共通しており、このお二人は「川柳を書く人間はみんな可愛い」くらいの気持ちだったに違いありません。そうでなければ、どうして私のようなどうしようもなくつきあいの悪い、愛想のないものに、こんなに親切にしてくれるでしょうか。

 

                                                

                                                 2019.3.7

 

 

 

 

 

  

  こぼれたい水のあたりに口を置く  徳永政二

 

 本日で平成三十一年の二月が終了。やれるだけのことはやっている、と思う。そして無駄なこと、というのは案外、ないものなのかな、と感じる。空虚ながらくたを積み重ねているだけのような毎日ではあるけれど、そのがらくたの一部が全く予想していなかった場面で役に立つこともあるし。

 「こぼれたい水」ってなんでしょう。その水を飲む行為は恋愛のような、利害の一致のような、社会の中で生きることそのもののような。その水は口の中に入らずに、私の顔をまたこぼれ落ちるだけである可能性もあるにせよ。

 

                                                      2019.2.28

 

 

 

 

 

 

  死者は生者を妬むふるふる星祭り  時実新子

 

 死んでしまった人たちと話をすることはできないから、最後の時の感想をきくことはできない。死に顔を見ることができた場合でも個人差がかなりあって、とても辛そうな表情のままの人もいれば穏やかな表情に変化している人、生前とあまり差がないように見える人、いろいろ。

 この句は書き手が「死者の妬み」を感じ取れるからこそ書けるのであって、生き残っている自分と死者は同列なのだろう。

 時々、亡くなった人たちのことをふとした瞬間に思い出す。どんどん距離はひらいていくようでもあり、何年か経てば亡くなった人たちの年齢を追い越してしまうかもしれない。

 実際に亡くなっていなくとも、もう二度と会うことはないと確信を持っているかつての友人や知人なども私にとっては死者同然で、どんどん彼等の年齢を追い越し、思い出には霧がかかり、やがて忘れてしまうだろう。

 妬まれるべきはむしろ死者なのではないか、と考えてしまうお年頃の自分はまだ「お若い」のかもしれない。

 

                                                     2019.2.27

 

 

 

 

 

  一枝の梅をたよりに帰路につく

  水仙が咲いた何とかなるだろう         竹井紫乙

 

 花粉症でも花は好きである。特に梅、水仙の香りは嬉しいもの。

 

 お花のお稽古は夕方から夜にかけてだった。ばらばらにした花材を持ち帰り、また家で活けなおす。電車の中で潰されないように注意して、電車の次はバスに乗り、バス停から暗い田圃の横を花材を抱えて歩いていた。梅一枝と、私しかいない暗闇で、梅の香りだけが確かなもので、目の前のことしか考えることが出来なかった。庭に水仙が咲けばなんだかほっとして、近くに寄るとこれ以上は望めないのではないか、と思うくらい高貴な香りがそこにあって、ただその香りのことだけをおもって犬と眠っていた。

 

 

                                                       2019.2.24

 

 

 

 

  コインチョコぶんぶん回す十三(じゅうそう)で

  チョコレートまみれになって忘れます

  大体のことは終わってチョコレート        竹井紫乙

 

 子供の頃、チョコレートが大好物だった。ベビーチョコ、アポロチョコ、クランキーチョコ、チョコレートポッキー、フィンガーチョコレート、森永ハイクラウン、などなどを日々嗜む。肥満児ではなかったけれど、よく歯医者さんのお世話にはなっていた。

 なぜ太らなかったかといえば、お菓子でお腹がいっぱいで他のものを食べることができず、寝る前に小腹が減って何かを食べれば具合が悪くなってふらふらになるような幼児だったからで、不健康だったのかもしれない。

 

 コインチョコは阪急電鉄十三駅の売店で販売されていて(今もあるのかどうかは不明)乗り換えなどで十三駅のホームを歩く機会があれば、必ず買ってもらっていた。

 

 神戸の学校に通い出すと、モロゾフ、ゴンチャロフのチョコレートや、高架下やその他のお店には各国の輸入チョコレートが揃っていて、ぱくぱく食べていたら、さすがに思春期で太ってしまった。風船のように膨らんで、数年後には空気が抜けるように元に戻ったのだけれど、この頃からチョコレートとは距離を置くようになった。

 

 バレンタインデーというのは不思議な一日で、特別素敵な思い出はないし、かといってつまらない日でもない。とにかく、美味しいチョコレートを食べてよい日なのだ。私が。みんなで。或いは二人で。

 

                                                       2019.2.13

 

 

 

 

 

 

  風いれるわたしむかしの箱だもの  岡本聡

 

 久方ぶりに八幡市の松花堂庭園へでかける。ここには美術館もあって、敷地はかなり広い。一体何年ぶりに訪れたのかも思い出せないけれど、記憶とはいい加減なものらしく、周りの景色、建物の構造、庭の様子、どれもこれもはっきり覚えていなかったことだけがわかる。駅からの距離感まで異なっていた。

 時々、こういう記憶の曖昧さに困惑してしまう。では自分は何を明確に記憶していると言えるのだろうか。

 結局、感情の記憶くらいしか確かなものはないようだ。次は食べ物の匂いや味などもリアルな気はする。怪我をした時の痛みなどはあっさり忘れてしまえるし、忘れてかまわないことはどんどん自然消滅するらしい。

 自分が自分であることに嫌気がさしてしまうことも度々あるから、記憶力はこのくらいでちょうどいいのかもしれない。

 

                                                       2019.2.10

 

 

 

 

 

  蝶が来るこの消しゴムを動かしに  倉本朝世

 

 ばたばた慌ただしく、風邪をひいてふらふら。これが私の今年の始まりなのかと思うとなんて風情がないのだろうかと呆れる。

風邪は万病のもとというけれど、本当に毎度、一瞬「死にそう」になる。実際、私より若いひとが風邪をこじらせて肺炎で緊急入院したらすぐに亡くなってしまった。そのひとは離婚したばかりで、ちいさな子供が一人いて、二人の生活を始めたばかりだった。

風邪は馬鹿にできない。

 

 生活を変えたいなあと考えている。それは難しいことのようにも、簡単なことのようにも思える。

 

               

                                                     2019.1.31

 

 

 

 

 

 

  黒鍵のすきまに鳥がいた昨日  澤野優美子

 

 おかじょうき川柳社さんが毎年開催されている、「杉野十佐一賞」の今回準賞の一句。

 素敵・・・!掲載句を全部読んでみたけど、個人的にはこの句が一番良かった。ピアノと鳥の取り合わせも、付き過ぎとも思えず調和が感じられるし、”昨日”の余韻が明るい広がりで。いい意味での余白、余裕がある。

 

 全然余裕のない日常を送っている身にとって、眩しい一句。

 

                                                       2019.1.27

 

 

 

 

 

  平成七年一月十七日 裂ける  時実新子

 

 阪神淡路大震災から今日で24年が経過した。私は当時、24歳。あれからちょうど倍の年齢になった。

 私は中学と高校が神戸の学校だった。だから私にとっての神戸は、震災前の神戸である。

 

 高槻市内で暮らしていたので、我が家の被害は箪笥が動いていた、食器棚の食器がかなり割れた、大型の水槽の水が全部外に出ていた、外壁や内側に微妙な亀裂が確認できる、くらいなものだった。勿論、あそこまでの「揺れ」はこの24年間経験しておらず、去年の地震でさえも24年前のものとは比較にならない。

 友達や知人は神戸方面に居住していた人が多かったから、家が潰れてしまった、何時間も歪んだ家屋に閉じ込められた、ということが耳に入るのだけれど、不思議と直接関わりのある人達は命に別状はなく、それぞれの生活は予想外に変化したとはいえ、生きている。

 生活の変化。これは過酷なことで、震災以後の出来事の方が、ずっとずっとつらい、という人は沢山いる。私と同年代の被災者である友人達は、あまり震災の話をしない。その後に起こった苦しいことも、一度口にするくらいで、いちいち何度も話さない。

だから私もわざわざ、あの頃の話をしようとは思わない。 

 

 数年前に神戸の同級生から電話があった時、(その人は神戸っ子で、よそで暮らしたことはないのだけれど)震災の後、ほとんどの同級生は東京方面へ引っ越してしまい、むこうで仕事を見つけたり、家庭を持ったりしていて神戸に戻って来ていない。という話をきいた。だから同窓会をやろうにも、少ない人数しか集められないとのこと。当然の話で、とにかく生活を立て直す必要があったのだから。

 

 みんな、散り散りの場所で今日のニュース映像を眺めていたのだろう。もう見たくないという人も、もう忘れたい人も。

 

 

                                                      2019.1.17

 

 

 

 

 

 

 

  そんな意味でポストは立っていない  岡本聡

 

 叔母から不可解な小包が届く。祖母の着物は現在、三軒の家に分散しているのだけれど、叔母が持っているうちの一枚が届けられた。「祖母の十三回忌の時にでも、色喪服として着なさい」などと書いた手紙が入っている。

 薄い紫色の小紋だから、黒の帯でも締めれば確かに使える。でも私には祖母が生前つくってくれた喪服があるし、十三回忌って今年だったっけ?先に包みを解いた母が電話で確かめると「ううん。まだ数年先。」という返事。断捨離をやっているらしい。

 本当に文字通りの有難迷惑。うちは倉庫じゃないよ・・・。もうすでに、祖母の着物も帯も、沢山ある。手入れや修繕は全部、私が過去に呉服屋さんで済ませた。正直、これ以上箪笥の中味を増やしたくない。

 叔母本人は定年退職してから、若い頃にやっていたお琴のお稽古を復活させたので、新しい着物が必要で、ちょこちょこつくっているのである。きっと、自分の箪笥が手狭になったに違いない。こっちも手狭なのは同じ。困る。

 他にも通販で買い過ぎた不思議な洋服などが「余っているから」と、送られてくる。新品だとはいえ、好みの問題がある。この小包問題は、止めなくてはいけないのだろうか。そのうち収束するのだろうか。

 

                                                       2019.1.16

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ハタチとは煙の出ない玉手箱  蟹口和枝

 

 成人式の日に外出すると、晴れ着姿の方々を目にするのが楽しみ。今日も色んな振袖姿を堪能した。流行なのか、土地柄なのかは知らないけれど、びっくりするような姿の若者はとても少なく、古典柄の着物を沢山目にした。色目は様々。近所では、家の前で家族と写真を撮っている振袖姿の女性に遭遇したりして、ゆるゆるハッピーな空気が流れていた本日。

 掲句、うまいなあとしみじみ。玉手箱ねー。本当にその通り。でもこの感慨は、実際の二十歳にはないもの。人間は生きている間に何個の玉手箱を手にするのだろうか。

 

                                                      2019.1.14

 

 

 

 

 

  妖精の役になりきる死体役 いなだ豆乃助

 

 近所の商店街から帰る道。いつもとは違う道を通ってみようと思い、まだ昼過ぎで明るいし、道に迷っても構わないと歩き出す。

いつもと違う景色。あの建物、意外と近くにあるな、とかこの道の方が近道かな、とか色々考えながら歩いていると、行き止まり。

 こういうこともあるなと気を取り直し、また戻る。別の道を行けどもまた行き止まり。よくあることよねーと前向きな気持ちで歩くけれど、どんどん疲れてきた。足が痛い。

 しんどいなあ、いつもの道にすればよかったと後悔しているといきなり地下道が出てきた。いきなりだったので、こけた。こけて、地下道の階段に落ちる。靴が脱げ、手提げバッグが飛び、リュックが外れる。近くにいた人たちに助けてもらいながら、何とか靴をはきなおし、地上に上がり、「早く家に帰りたい・・・。」とうなだれる。

 そして、手荷物を持っていないことに気付き、慌てて地下へ降りるとなかなか見つからず、どんどん下へ降りて行く。何故か和室の部屋がいくつもあって、人がひっそり、何人か、いる。かなり気味悪い。ので、困る。財布もスマホも鍵も荷物の中だから、どうにか探さねばならず、焦る。

 というのが目覚ましを止めて二度寝した今朝の夢。早く起きろってことね、きっと。

 

                                                       2019.1.14

 

 

 

 

 

  糸で身をささえる糸に身をまかす  大川博幸

 

 ちょっと調子に乗って暴飲暴食を連日。きっちり胃の具合が悪くなり、肌が荒れ、反省して今日はあまり食べずに無理もせず。

幼少期は食が細かったけれど、10代から30代まではとても沢山食べることができた。まるでブラックホールのようにどんどん消化してゆく胃。運動不足だったのか、ちっとも背は伸びなかったけれど。

 

 食べる量や食事を摂るタイミングは個人差がある。私は会社勤めをしていなければ、一日二食でいい。休日に外出しない場合、ほぼ二食+少量のおやつ。世の中には一日一食の人もいるようで、どんな食事の摂り方でも体に合っていれば問題ないらしい。

 

 たまたま私は自分のペースで体内リズムを保てる環境にはいないけれど、完全にフリーになった時、どれだけの食料と睡眠時間が必要なのかは興味がある。

 

                                                      2019.1.13

 

 

 

 

  ピーマンのなかで夢見ていたんだね  中嶋ひろむ

 

 母の自転車には前カゴと後ろカゴが付いている。自転車を大切に扱うひとなので、カバーはしっかりかけてある。サドルから後ろは傷みやすいから、と言って二重にカバーしてある。

 出掛ける際に玄関を出てふと右手の自転車に目をやれば、後ろカゴに巨大な黒猫がすっぽりおさまっていた。目が合う。

何だ、うまい具合に後ろカゴに陽だまりが出来ているのだなあと気付く。「そんなとこで寝てたん。」と話しかけながら近づくと、こちらが恥ずかしくなる程の慌てようで、「寝てていいねんで。」と言ったものの猫に通じるわけもなく、大きくジャンプしてお向かいの家のガレージへ逃げて行ってしまう。

 

 羨ましい。私も陽だまりを見つけては潜り込むことにしよう。

 

                                                      2019.1.12

 

 

 

 

 

 

 

 

  はじまりは冬がいいんだ野生の目  樹萄らき

 

 花粉症。症状の緩和の為、ここ数年は年始めに鼻のレーザー治療を受けている。予約がなかなか取れず、やっと受診。

先生は年々腕を上げていて、今年は焼き焼きの作業もスムーズで、出血も少ない。麻酔が切れた後の痛みは毎度のこととして。

 老人になれば全身が鈍感になるから、花粉症もましになるらしい。という噂は本当なのだろうか。まだ「老人です。」とは名乗れないけれど、心はすでにかなり鈍感になったなと思う。体はどうだろうか。多分、あらゆる異変に対して敏感だ。神経質ではなくなったけれど。

 

 近所の木々には花の蕾が膨らんできつつある。むずむずの季節が近づいている。

 

                                                      2019.1.11

 

 

 

 

 

  謎は謎として焼きそばができた  峯 裕見子

 

 直属の上司のそのまた上司のうちのお一人が、お菓子の入った小袋を皆に配ってくれた。仕事上関わりの少ない方だから、

珍しいこともあるものだと思う。しかも袋には「おめでとう」と印刷されたシールが貼ってあり、中味は駄菓子の詰め合わせ。

昔、地蔵盆で子供に配られたお菓子セットみたいな。

 何があったのだろうか・・?お正月のお菓子があり余ったにしては、駄菓子だし。新年の挨拶にしては、こんなことされるの初めてだし。謎だわーと思いながら家に持ち帰る。

 

 お久しぶりなお菓子の数々。私が幼少期に食べていたお菓子は大体がロングセラー商品となっている。中でも、ベビースターラーメンは親が「食べちゃ駄目」と叱るので、意地になって食べていたから懐かしくて早速いただく。すると、驚いた。ちっとも美味しくなかったから。味覚が変わったということか?とにかく、おやつとしてはつらい。

 

 他のお菓子にも、同様の感想を抱いて何だか残念な気分。味覚の変化はただの変化ではなく、受容できる味の広がりだと考えていたのはどうやら違うらしい。ただ変わった、ということ。

 

                                                      2019.1.10

 

 

 

 

 

 

  赤い糸切れて星まで会いにゆく  池上とき子

 

 お正月に叔父の家を訪ねると、生後8か月の猫が居間にいた。捨て猫を保護して、貰い手を探しているうちに8か月経ってしまったとのこと。その家にはすでに4匹の猫がいるから、これ以上飼い猫を増やす気がなかったので、他の猫と隔離するために1階の居間で育てたらしいのだけれど、(他の猫は2階や、姪の部屋にいる)一匹だけで甘やかして育ててしまったから、我儘な性格になってしまったとのこと。結局、貰い手が見つからないのでその家の猫になってしまうのだろう。確かにかなりの暴れん坊で、気ままな猫だった。母は小さな動物と遊ぶのが久々で嬉しかったらしく、一瞬「家に連れて帰ろうか」と思ったらしい。私も猫と遊ぶのは久しぶりで楽しかった。でも。

 

 「あなたが犬を抱いて来て、‘‘これからこの犬を飼うことにします‘‘って発表する夢を見たよ。」と、会社の同僚が言う。一体どんな犬を抱いていたのか問うと、「シュナウザーだった。」とのこと。シュナウザーは仔犬でも、おじいさんみたいだと思う。今後、犬を飼う予定はないのだけれど。

 

 私は、亡くなった犬に会いたい。

 

                                                      2019.1.10

 

 

 

 

 

  暦減るウサギのなまえ忘れつつ  川合大祐

 

 年が明けて8日目。昨日は七草粥を食し、気分はもう「お正月が終わった」感じ。昨年末から忙しくなり、あまりお正月らしく過ごせず、一度でいいから寝正月というのをやってみたいと願う。老人になったら毎日、好きなだけ寝ているのかもしれないけれど。

私は基本的にぐうたらものだから、何でも適当でいいと思う。大概の事が面倒臭い。学校の勉強もいい加減で、卒業したらたちまち覚えたことを忘れた。物事を、思いっきり忘れることが出来る。だから心の病にならないのだろう。なのに。

 

 うっかり、今年は試験というものをいくつか受けることになってしまった。上手くいくかどうかはわからないし、失敗しても大丈夫なのだけれど、試験勉強はやっておかなければ不安だ。で、年末から久しぶりに試験勉強をしている。何もかも忘却しているから、思い出すのに時間がかかる。「ああ、これ、昔やった覚えがある・・・。」といちいち驚愕しつつ、テキストを進める。

 

 今日の昼休みの社員食堂では、Queenのライブ音源ががんがんにかかっており、観客の歓声が大きくて最初、野球中継かと思う。しかも同僚との話題が何故かマイケル・ジャクソンで、まるで高校生に戻ってしまったかのような。そして化粧室で歯磨きをしていると、以前、一緒に仕事をしていた人から「おめでとう!」と声を掛けられた。一体、私に何のめでたいことがある?そしてどうして人は、歯磨き中の人間に話しかける?(よく、歯磨き中に話しかけられる)  なんのことはない。新年の挨拶をして下さっただけだった。関西は15日までが松の内。注連縄もまだ外さない。

 

 一体、自分はいつからこんなにせわしない人間になり下がってしまったのだろうか。せわしない。

 

                                                     2019.1.8